作曲家・伊賀拓郎 ロングインタビュー!(アニメ・ゲームの“中の人” 第47回)

2021年05月29日 12:000

あえてバンド色を抑えた「風夏」、和楽器メインの「かくりよの宿飯」


─テレビシリーズでは何十曲も作らないといけないわけですが、ネタ切れや曲調が似通らないようにする方法はあるのでしょうか?


伊賀 自分の場合は、先ほど言ったエクセルの表を使って、使う楽器の編成や楽曲の展開がかぶらないよう気を付けています。デモを作った段階で、「M27はこれとこれに丸が付いてるな。じゃあ、今作ってるM37はこの楽器を外してみよう」という感じでやっています。「わたてん」を例にあげると、「元気な曲を3曲」というオーダーがあったので、「みやこエキサイト」、「いっくぞー!」、「ドタバタパニック」は、それぞれ違ったアプローチを採っています。


─「風夏」(2017)第1話、学校の屋上で風夏と優が初めて出会うシーンで流れた「何でこんな目に!」は、カッティングギターが爽やかで、バンド感も感じました。


伊賀 「風夏」はバンドのお話なんですけど、音楽プロデューサーの西辺誠さんからは、「劇伴ではあまりバンドバンドしないでほしい。主人公たちの演奏がバンドだから、かぶらないように」という指示がありました。だから、「ドラム、ベース、ギターをドカン!」と使った曲はなくすようにしたんです。だから結果的に、「何でこんな目に!」のような楽曲は少なくて、使いどころも限られていました。


─「かくりよの宿飯」では、和楽器スコアに挑戦されていました。


伊賀 楽しかったですね~。「かくりよ」は異世界が舞台ですが和ものなので、「和楽器が大量に入る」というオーダーがまずありました。でも、細かい指示はなかったので、自由にやらせていただきました。


─第3話、大旦那様とはぐれてしまった葵が、路地であやかしたちに食べられそうになるシーンで使われた、サスペンス風味の尺八スコアは、とても映像にマッチしていて、アニメ音楽として新鮮でした。


伊賀 ありがとうございます。


─劇伴作曲では西洋楽器を使用することのほうが多いと思いますが、和楽器を使った作曲で、特別な難しさはありましたか?


伊賀 それはないですね。ただ、和楽器を和楽器らしく使うと、既存曲と似通ってしまう部分があると思うんですよね。だから、別の作品で使用されている音楽はあえて参考にしないで作っていました。


─第3話では作品内音楽として、鈴蘭による三味線演奏がありました。これも伊賀さんが作曲を?


伊賀 そうです。自分は上妻宏光さんのサポートで回ったりしているので、三味線でできることやできないことも、ある程度わかっているつもりです。上妻さんの現場には和太鼓や尺八の一線級の方々ばかりおられるので、その経験も役に立ちました。


─「月がきれい」(2017)では、祭囃子(まつりばやし)がたびたび流れていました。


伊賀 この祭囃子は自分じゃないんですよ……。「月がきれい」で和楽器を使って作曲をした記憶がないので。岸誠二監督の判断でそうなったんだと思います。


─「恋する小惑星」は、みらとあおが「きら星チャレンジ!」で沖縄県石垣島を訪れますが、その際、沖縄民謡曲「石垣島」が流れていました。


伊賀 この曲は、自分が作りました。口笛も自分で吹いています。完全な沖縄民謡を再現することが目的ではないので、そのエッセンスを取り入れています。


─ルーツ・ミュージックにも造詣が深いのですね。拙連載でお話をうかがった作曲家の櫻井美希さんも、ルーツ・ミュージックがお好きだとおっしゃっていました(編注:https://akiba-souken.com/article/46148/)。


伊賀 実は、櫻井さんには、五等分の花嫁∬」(2021)のレコーディングでお会いしました。ピアニストとして参加させてもらったんです。

 

「キャラの頭身」で音楽が変わる!?


─場合によっては登場人物の容姿や外見も、考慮に入れる必要があるかと思います。


伊賀 自分は、キャラの頭身によって間の取り方や使う楽器を少しずつ変えるようにしています。「わたてん」は小学生だから鍵盤ハーモニカを多めで、使う和音もあまり複雑にしないようにとか、「シャーロック」の登場人物たちは8頭身なので大人っぽい音づくりや構成にして、鍵盤ハーモニカは完全におとぼけキャラなら使えるけど、通常では使えないかな、とか。でも、キャラのイメージって難しいんですよね……オリジナル作品だとなおさらです。オリジナルの時は、キャラ表を繰り返し見たり、脚本を何度も読み返したりして、キャラのイメージをちゃんと思い浮かべられるようにしています。


─「月がきれい」は、ピアノスコアが多かったですね。


伊賀 「月がきれい」は中学生のピュアな恋愛物語なので、透明感が欲しかったんですよ。なので結果的に、ピアノと木管の曲が多くなりました。


─この作品はCパートがショートエピソードになっているのも特徴で、「涼子先生とろまん」もピアノ曲でした。


伊賀 トイピアノですね。


─編曲家としての実力も、遺憾なく発揮されていました。たとえば、第12話ではエンディングテーマ「月がきれい」のアレンジ曲が、千夏の告白と茜の涙のキスのシーンで流れていましたが、前者はオルゴール、後者はバイオリンでアレンジされており、それぞれ違う感情表現になっていました。


伊賀 主題歌を劇伴の形に落としこむ、というのはよくあるんですが、元々が歌なのでメロディをそのままやっちゃうと、うまくいかないことが多々あるんです。バイオリンの曲は、「主題歌の哀しいアレンジ」というようなオーダーだったと思います。

 

「オーダーにない曲」を提案、「タイトルやシーンに合わせた曲名」も


─そのほかに、伊賀さんが独自に決めているルールややり方はありますか?


伊賀 劇伴の仕事はオーダーありきなので、メニュー表にあるものは当然作りますが、オーダーにない曲を勝手に作ったりすることもありますね。「メニュー表にはこういう楽曲たちがある。でも脚本を読むと、もう少しこういう楽曲があってもいいんじゃないかな?」というのを勝手に作って、監督に聴いていただき、よければ採用していただく感じです。


─曲名は、伊賀さんご自身が付けているのですか?


伊賀 そうです。これがまた、半日から1日がかりなので、大変なんですよ……。曲名を付ける時には、放映中の作品であれば放映されたところまで見返したり、いただけるようなら白箱(編注:スタッフに配布される完成映像)を確認して、実際に使われたシーンとメニュー表の想定シーンを見比べています。当初の予定通りに使われていたら、曲名もイメージしやすいですし、違うシーンだったら、そのシーンに合わせたタイトルを考える必要があります。その作業を1曲1曲やっているから、時間がかかるんです。


─「私に天使が舞い降りた!」第1話、みゃー姉が玄関口に立つ花を初めて見て衝撃を受けるシーンで使用されていた楽曲は、「私に天使が舞い降りた!」と命名されています。


伊賀 自分は必ず、「作品タイトルを付けたいな」と思う曲がありまして、「私に天使が舞い降りた!」はまさにそうですね。


─「月がきれい」の場合は、エンディングテーマのピアノアレンジに「月がきれい」と命名されていましたね。


伊賀 WEST GROUNDさんのメロディラインも好きなんですけど、この曲が劇伴としては一番心に来る、作品を象徴している、と思って作品タイトルを付けました。


─「サウンドトラック」という言葉は、もともと「音の溝」、フィルムに録音された音の部分を指す言葉でした。伊賀さんは、声優や音響効果技師と直接コラボレーションをされたりしますか? 拙連載では、「私に天使が舞い降りた!」や「恋する小惑星」の音響効果技師である川田清貴さんにお話をうかがいました(編注:https://akiba-souken.com/article/41855/)。


伊賀 自分の仕事で手一杯なので、チャンスがないんですよね。ダビングもあまり行けないですし……。「お会いしていろいろやりたいな」という思いはあるんですけど、コロナで余計にしづらくなりましたね。


─「私に天使が舞い降りた!」第1話で、みゃー姉が作っているフレンチトーストの音は、川田さんが実際にフレンチトーストを焼いて録音したそうです。何気ない日常シーンですが、伊賀さんが作曲した「ホッコリタイム」と、川田さんが録ったバターの焼ける音が、見事なハーモニーを奏でていました。


伊賀 すごくいい相乗効果が出ていましたよね。だから、音響効果の人ともお話してみたいんですよね。


─髪の色を定期的に変えておられるのはなぜでしょうか? 気持ちを入れ替えるためですか?


伊賀 気分的な理由というよりも、自分はプレイヤーとしてステージに立つことも多いからなんですよね。去年は赤系、今年は青系、とテーマカラーを決めて染めています。自分は「破天荒」に憧れている人間なので、「格好だけでも破天荒にしたい!」という気持ちがあるのは嘘ではないですが(笑)。


─クリエイターの中には、没頭して徹夜で仕事をする方もおられます。伊賀さんはいかがでしょうか?


伊賀 自分にもそういった時期がありましたが、結婚して子供ができてからは、規則正しい生活をしています。子供を幼稚園に連れて行って、1時間ぐらいピアノの練習をしてから、仕事をスタートしています。


─ご家族からフィードバックをもらったりは?


伊賀 そういうのを絶対しないという人もいらっしゃいますが、自分はめちゃくちゃするんですよ。作曲で迷ったらまず妻に、「これ、どう思う?」と聞いています。デモを作ったらDropboxに「家庭内確認用」というフォルダを作って、提出前に妻に聞いてもらうんです。妻はプロの作曲家ではないんですけど、ピアノはやっている人なので、音楽のことはちゃんとわかっています。自分は彼女のディレクション能力をめちゃくちゃ信用しているんですよ。


─奥様は、音楽家としてもすぐれた方なのですね。


伊賀 ありがたいですね。それと自分は、どんな時も常に、いろんな人の意見を聞きたいタイプなんですよ。曲を作っている時だけじゃなくて、レコーディング中やMIXの最終確認中も、その場にいる人全員に「今のピッチ、ズレて聞こえます?」、「タイミングは気になります?」、「このフレーズはないほうがいいですかね? アリですか?」とか聞いています。

 

 

「ステージやレコーディングをともにした演奏家」を指名


─演奏家の選定はどうされていますか? フルートは宮崎由美香さん、ストリングスは真部裕さんを起用することが多いようです


伊賀 音楽プロデューサーの西辺さんと一緒にやり始めた頃は、西辺さんがお声がけをされていました。自分も好きな方々なので、もちろんそれはそれでいいんですけど、自分がお願いする時は、ステージやレコ―ディングで一緒にやったことがある方の中で好きな人だったり、作品に向いているなと思う人にお願いしています。宮崎さんは最近お会いしていないんですけど、真部さんとは自分が10代だった頃からご一緒しています。真部さんは、自分が好きなバイオリンの方のおひとりですね。


─演奏家には、譜面通りの演奏をお願いされているのですか?


伊賀 いえ、基本的に自由にやってもらうのが好きですね。自分が全部の楽器を弾ければいいですけど、弾けないんだったら、プロフェッショナルに任せたほうがいいものができると思っているので。


─ピアノはご自身で弾かれるのでしょうか?


伊賀 ピアノは全部、自分で弾いています。


─「私に天使が舞い降りた!」サントラ付属の冊子には、森下唯さんのお名前が「Piano」でクレジットされていますが……。


伊賀 これは間違いです。森下さん、本当にごめんさい。


─愛用の楽器やシステムは?


伊賀 そんなにこだわりがあるわけではないんですけど、DAW(編注:音楽制作システム)は、たまたま最初に触った「Logic」をずっと使っています。あと鍵盤だけではなく、EWIもよく使っています。今は物理モデル音源というのがあって、鍵盤で弾くよりも自分の息で吹くほうが、木管や弦のビブラートとか、ニュアンスが出やすかったりするんですよ。自宅にはローズや「CP-70」とかエレクトリックピアノも一応あるんですけど、仕事では全然使いません。プラグインでやったほうが早くてキレイに録れるし、修正も容易なんですよね。


─レコーディングスタジオは、ビクタースタジオをよく使用されていますね。ただ、「歌舞伎町シャーロック」ではビクタースタジオのほかに、スタジオ アートーン、スタジオサウンドバレイ、サウンドインスタジオも使用されています。


伊賀 スタジオにはそんなにこだわりがなくて、最終的には制作にかけられる予算と相談しつつ、エンジニアさんに決めてもらえればと思っています。でも、ビクタースタジオやサウンドシティ世田谷のピアノは好きですね。


─作品参加の基準はありますか? 


伊賀 ありません。何でもやらせてほしいです。「それは、伊賀に発注するのは無茶じゃないか?」という作品でも、どんどんやりたいです。過去の作品は生楽器系が多いんですけど、EDMやノイズが主体になるような、デジデジした劇伴もやってみたいですね。


─平牧大輔監督とは「私に天使が舞い降りた!」と「恋する小惑星」でご一緒されています。監督から直接オファーがあったのでしょうか?


伊賀 音楽Pの西辺さんからお話をいただきました。西辺さんから平牧監督に、「伊賀でいきたい」と勧めていただいて、OKが出たので、ご一緒させていただきました。


─音楽制作会社としては、フライングドッグとご一緒されることが多いようですが、「歌舞伎町シャーロック」ではKADOKAWAと組まれていました。


伊賀 「シャーロック」はKADOKAWAさんから声をかけていただいて、コンペだったかはわからないんですけど、「Kabukicho Sherlock」をテーマ曲として作って提出したら、採用していただきました。


─サントラ付属の冊子には、「Sound Produced」と書かれていました。「シャーロック」では作曲・編曲だけではなく、プロデュースもされていたのでしょうか?


伊賀 音楽プロデューサーは若林豪さんですので、自分はプロデュースはやっていません。なので、音楽Pとは違う意味、「楽曲を作ったのはこの人ですよ」くらいの意味で書かれているのだと思います。あと「シャーロック」は、監督の吉村愛さんと音響監督の長崎行男さんに1曲1曲、直接デモを聴いてもらって、「これはOK」、「これはダメ」というのをやりながら作りました。それ以前の作品は全部、音楽Pの西辺さんに間に立っていただき、取り仕切っていただいていたので、監督や音響監督と直接のやり取りはしていなかったんです。


─息抜きでしていることは? ツイッターには猫の写真をアップされていますね。


伊賀 家では猫に顔をうずめたりしています(笑)。でも、音楽以外に別の趣味があるとかじゃないので、変な楽器を弾いてみたりしています。あとは、家族と旅行に行ったりするのも、いい息抜きになりますね。

 

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