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リアル系作画を脱却して、「絵空事」としてアニメーションをつくる
井上 安彦良和さんが活躍していた70年代は、アニメーターといえども“絵描き”と呼べるような人たちがいっぱいいました。それ以降、我々の世代がアニメーターになりはじめた80年代初頭は、作品の描く空間や世界観は70年代的な曖昧さのままなのに、キャラクターだけやけにリアル……というパターンが増えていきました。何とかしてキャラクターをもっと実在感のあるリアルなものに見せたくてディテールをむやみに増やしたり、色数を増やしただけで、レイアウトや背景とマッチしていないんです。
── OVAでも、よくそういう作品があったような気がします。 井上 その後、我々の世代はレイアウトの精度を高めたり、どんなアングルでも矛盾なく動かせるよう、立体的に矛盾のないキャラデザインを模索していきました。それが「MEMORIES」(1995年)、「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(1995年)、「人狼 JIN-ROH」(2000年)の頃です。我々の世代の熱量がこもっていて、いま見てもある種の驚きとインパクトがあると思います。それが海外のファンの方にも伝わったのか、「90年代のリアル系の作品が好きだ」という人たちが今でもいます。僕にとってもあの時代の作品は代表作と言えるし、達成感がありました。
── 90~00年代前半は、写真で撮ってきたような、精緻なレイアウトの作品が当たり前になっていましたね。 井上 ええ、その当時のリアル系には意味がありました。けれども、その過程で70年代的な、アニメで動かすには適さないかもしれないけどとても上手な、魅力的な絵が失われていったように思います。それに加えて、獲得したはずのリアルな作画に見合った物語を、果たしてつくれているのだろうか? という疑問がわいてきました。「このシナリオを、こんなリアルな絵で描く必要があるのかな?」と気になってきたわけです。
たとえば、一時期の押井守監督の劇場アニメには、リアルな絵柄と動きで描くに値する社会性やテーマ性があって、いまだに光り輝いています。ところが、その後につくられたほかの作品群はそのリアルな画面にふさわしいストーリーなのだろうか……と、空しさを感じることが多くなりました。これはアニメで描くべき素材なんだろうか、我々の世代にそれを描く力があるんだろうかと、疑念が生まれてしまいました。だったら、もっとアニメーションの得意なもの、マンガ絵でなければ表現できない内容に回帰すべきではないかと思いはじめました。
── その点、「地球外少年少女」は突破口になり得るわけですね? 井上 たとえば、60~70年代の東映動画の長編アニメやAプロの作品には、「感じが出ている」という意味でのリアリティがありましたよね。その後、我々が空間と重力をもったアニメーションを追求していったわけですが、どこかで絵の動く楽しさをないがしろにしていました。磯(光雄)くんは、そこに自覚的なんです。まるで実写映画のような緻密な表現ができるようになった分、かえって「アニメでしかできないこととは何か?」を考えるようになった。今回は無重力の描写が多く出てきますが、かつてのリアル系なら月の重力と火星の重力を描き分けたと思います。今回は「重力がある/ない」程度で、無重力のシーンはキャラクターがくるくる回るような記号的な表現にしています。マンガ絵のよさを最大限に活用した作品です。
── 輪郭線が手描きっぽく途切れているのが、印象に残りました。 井上 それは、撮影段階で処理しているようです。「絵空事」って悪い意味で使われることの多い言葉ですけど、磯くんは強弱のある輪郭線によって、「これは絵ですよ」と印象づけようとしている。絵とは思えないような表現を目指すのではなく、「絵が動いていること」を明確にすることのほうが、アニメにとっては重要ではないかと思うようになりました。