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DISC-2
ここからDISC-2となります。続くヴンダー VS ネルフ戦艦群との激戦を描写する01「metamorphosis」では、鉄床(かなとこ)を金槌で叩き、「半鐘」のような金属音を出すオーケストラ用の特殊打楽器「アンヴィル」が使用されています。この音を、音楽としてではなく、激戦の続く戦艦内で鳴っている何かの警報音のSE(効果音)のように感じた方もいたのではないでしょうか。緊迫した場面で音楽とSEの境目を曖昧にして不安の中に引き込むような、まさにうってつけの使用法だと筆者は感じました。
続く02「paranoia」は、第13号機に停止信号プラグを打ち込むため、アスカの新2号機とマリの改8号機が射出された瞬間から流れ始める、プログラミングされたリズムと歪んだギターサウンドによる戦闘曲。「新劇場版」シリーズの音楽で鷺巣氏の右腕として八面六臂の活躍をしているアレンジャー:CHOKKAKU氏がみずから奏でる壮烈なインプロビゼーションによるギターが、無数に襲い来るエヴァMark.07の大軍の不気味さを描き切っています。「:Q」のクライマックスでのカヲルの死後、フォースインパクト発動を阻止すべく、マリの8号機がシンジの乗る13号機のエントリープラグを強制射出させるシーンで流れる「Gods Gift」という曲に風合いがよく似ていますが、ほぼ同時期の制作楽曲であることを鷺巣氏が明かしています。いずれも混乱極まる戦闘シーンを活写する、まさに「修羅場」のためのサウンドと言えるでしょう。
03「mirror mirror: refrain」は、第13号機に停止信号プラグを打ち込むことができず、マリがこの状況に「何かおかしい…」と疑念を抱き始めるところで聴こえてくる曲。ミニマルなピアノの音列から次第に合唱やオーケストラが加わり、この「嫌な予感」が現実になっていく様子を後押しします。
そして05「this is the dream, beyond belief…」は、アスカが悲壮な決意で「裏コード999」を発動、新2号機とともにみずからを第9の使徒と化すショッキングなシーンに流れる曲。「:破」の予告以来の大きな謎のひとつであった「アスカの眼帯」の奥に潜む秘密が、ここでついに明らかとなります。アスカの呻きや絶叫を乗せつつも、人を捨てるアスカ=武将の葬列を見送るがごとく淡々と進んでいく曲想に胸が締めつけられます。
06「thème du concerto 494」は、Mark.09-Aによってコントロールを奪われ、徐々に旗色が悪くなっていくヴンダーの様子を描く、美しくも哀しげなピアノコンチェルト。ライナーノーツで鷺巣氏は、敬愛するフランスの映画音楽作曲家:ミシェル・ルグランの死(2019年1月26日逝去)に対しての気持ちの整理をつけるため、オマージュとしてその翌月に書き上げた曲だと打ち明けています。ピアノ演奏はスティングとのコラボレーションで知られ、ハリウッド映画のサントラでも常連のミュージシャン、デイヴィッド・ハートリー。鷺巣氏はTwitterでの2021年3月28日の書き込みにおいて、この曲のピアノについて、「存命ならハネケン(羽田健太郎)に弾かせたかった…。鷺巣と同じルグラン信者だし(語り合った経験アリ)」と振り返る。なるほど、アタックが強く音の粒立ちのよいこうしたピアノ演奏は、日本では確かに羽田健太郎(2007年逝去)の独壇場でした。もしもハネケンのピアノであったなら、また違った魅力を発揮する楽曲となっていたかもしれません。ルグランとハネケン、二重の意味でトリビュートが捧げられた曲だと言えるのではないでしょうか。
そして忽然(こつぜん)とヴンダーの甲板に出現する碇ゲンドウ。ミサト・リツコとの対話の中で明かされるフォースインパクトの真の目的、ゲンドウに奪われる初号機、サクラとミドリの感情の爆発……など、ヤマト作戦パートの終盤に寄り添うのが、07「psycho」、08「killer」、09「i’ll go on loving someone else =version orchestre=」の3曲です。「psycho」と「killer」はまったく別の曲ながら、劇中ではピッタリと隙間なくつなげられています。鷺巣氏はここでも、「ピアノ歌曲~室内管弦歌曲~フル・オーケストラと、だんだん音の厚みを増やしていくよう整え直したのだ。こんな芸当どこの監督が出来る!!」と、庵野総監督の選曲と「繋ぎ」のセンスを激賞しています。「i’ll go on loving someone else =version orchestre=」は、「:序」の序盤、エヴァのケイジでゲンドウと再会したシンジが初号機への搭乗を命じられ、「できるわけないよ!」ととまどうシーンで流れるピアノ曲が原曲です。今回は、「ぼくがエヴァ初号機に乗ります」とシンジがゲンドウを追う決意を示すシーンで聴こえてきます。「エヴァ」の物語におけるシンジとゲンドウの父子の関係、その発端と結実に絡むシンジの2つの決断に、同じメロディが流れるという見事な演出が施されていたわけです。
10「pillars of faith」からは、最終パート、マイナス宇宙を舞台にしたクライマックスに付けられた音楽となります。「pillars of faith」は覚醒した初号機のシンジと、第13号機のゲンドウの戦端が開かれるシーン、11「voices in my head」では、前述の特殊打楽器「アンヴィル」が再び登場。シンジの記憶の中の世界で格闘と対話を重ねながら、槍と槍とが激突するこのシーンにおいて、またしても音楽とSEの境目が消失するかのような、不思議な感覚を味わわせてくれます。そして巨大なレイの姿をしたエヴァンゲリオン・イマジナリーが出現する刹那に流れてくるのが12「what if?: orchestra, choir and piano」。本来はポップス風の歌モノとして書かれたこの曲を、フル・オーケストラサウンドに見事に転化してみせたのは、やはり新劇場版シリーズの音楽において鷺巣氏の片腕として才気を発揮する音楽家:天野正道の力(本曲では管弦楽編曲を担当)。こうしたアレンジは、ポップス・オーケストラという形式で米英では確立した音楽作法となっていますが、日本でその礎を築いた宮川泰、前田憲男、服部克久などの系譜を引き継ぐ異才として、鷺巣氏は大いに天野氏の腕前を信頼しているようです。アディショナル・インパクトが開始され、人間の世界が消えかかる絶望感に、生命讃歌のような幸福感を湛えたこの曲が添えられるというのが、まさしくエヴァの音楽世界の深みと言えるでしょう。
13「EM20 =wunder operation=」は、おなじみの「あのティンパニの曲」=DECISIVE BATTLE(E-1)/EM20が再び登場。改8号機がMark.10、11、12を次々と倒し(捕食し)ていくシーンで聴こえてきます。四半世紀にわたりさまざまなバリエーションを築いてきたこの曲(鷺巣氏によると未発表のものも含めると40~50バージョンは存在するらしい)も、ついに最後の使用シーンとなりました。ヴンダーの乗組員が退艦し、「葛城艦長」が、私たちがよく知るあの「ミサトさん」に戻ってヴンダーを発進させるシーンに重ねられるのは14「the path」。登場キャラクター各々の行きつく先と物語の終局が少しずつ見え始める中、流れてくるこの曲が、「ほんの小さな道」と題されていることには、本当に胸が熱くなります。
15「born evil」は、ゲンドウみずからがその過去と内面を吐露し始めるシーンに付けられた、ミニマルで内省的な音楽。TVシリーズでシンジの内面に迫るシーンに流された「Borderline Case(A-4)」が元曲ですが、続く劇場版でも使用が検討され、音楽メニュー「M-13:A-4の重いバージョン(合唱、ストリングスメインで)」として鷺巣氏に発注されました。しかし実際は、1997年3月公開の映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」でも、1997年7月公開の映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」でも使用されることはなく塩漬けになっていた音源です。唯一、1998年に発売された7枚組CD-BOX「NEON GENESIS EVANGELION:S2 WORKS」のボーナスディスクに「M-13 テイク1(未完成)」として、予定していた楽器パートの一部のレコーディングが終わっていない未完成の状態で収録されていましたが、今回、それに新たな追加録音を行い、ついに四半世紀を経て完成させたものです。しかもゲンドウが実は「ピアノ」を心の支えにしていたという驚きの告白をするシーンに合わせるかのように、クリヤ・マコト氏によるピアノ・インプロビゼーションがフィーチャーされたこの曲が付けられたわけです。こんなところにも、過去のあらゆるエヴァンゲリオンに「落とし前をつける」という制作者サイドの気概を感じたのは、筆者だけではないはずです。
そして16「citation from ‘joy to the world’」は、日本では「もろびとこぞりて」として広く知られる讃美歌。コロナ渦により合唱のレコーディングが難しくなってしまった中、TOKYO FM少年合唱団の協力の下、日本一広いスタジオに8~9名ずつ、ソーシャルディスタンスを十分に取りながら多重録音を行い、日本語の少年合唱による「もろびとこぞりて」を録ったという、執念のレコーディングが行われたということです。その成果のほどは、息子リョウジの名を呼びながら、ミサトが命を捨ててシンジに槍を送り届けるシーンに涙した方々には、もはや説明不要でしょう。
17「pensées intimes: piano dans l’orchestre à cordes」はアスカの、18「ave verum corpus」はカヲルの、それぞれの内情の吐露と魂の救済のテーマ。そしてレイとシンジの救済と、母・ユイとの再会、エヴァのない、人が生きていける新しい世界への再構築のテーマとなったのが19「VOYAGER~日付のない墓標」です。1984年公開の東宝映画「さよならジュピター」の主題歌として松任谷由実が書き下ろしたシングル「VOYAGER~日付のない墓標」(作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆/1984年2月1日リリース)が元曲で、ボーカルはレイ役の林原めぐみさんが担当しています。前述の「惑星大戦争」劇伴と同様、この大胆な音楽引用に腰を抜かした方も多かったはず。筆者も「:破」での「今日の日はさようなら」「翼をください」の引用が念頭にはあったものの、まさかユーミンによる80年代J-POPサウンドがエヴァの終幕を飾るとは考えも及びませんでした。庵野総監督は、2013年の映画「風立ちぬ」(監督:宮崎駿)のイベントで松任谷由実さんと会った際、すでに「VOYAGER~日付のない墓標」の使用を直談判し、快諾を得ていたというから二重の驚きです。
鷺巣氏は84年当時、「VOYAGER~日付のない墓標」とほぼ同時期の松任谷正隆氏によるレコーディング現場を体験していたそうで、そのおかげで庵野総監督からの「完コピ」の要請に対して、少しもたじろぐことはなかったとのこと。80年代はJ-POPの第一線で数々のヒット曲でアレンジャーを務めてきた鷺巣氏。クラシックやサウンドトラック音楽1本の純粋培養型の作曲家ではなく、さまざまなジャンルやスタイルをすべて飲み込んだうえで仕事を重ねてきた経験と度胸が、「シン・」でもいかんなく発揮されたということでしょう。ちなみに前述の「激突!轟天対大魔艦」と「VOYAGER~日付のない墓標」については、本編で使用された「完コピ(ちょい足し)」版だけでなく、鷺巣氏によりオリジナルアレンジの別バージョンもそれぞれ本CDに収録されています。
ここまでで「シン・」本編で使われた曲の収録は終了です。そして【DISC-3】には、前述の曲の別バージョン、本編では使用されていない曲などが収録されています。新劇場版シリーズの音楽(特に「:破」以降)は、あらかじめ作った音楽メニュー等に縛られず、鷺巣氏が自由な発想とタイミングで作曲・録音を積み重ね、フィルム制作の進行具合に応じて庵野総監督の中で音楽イメージが明確になった時期を見計らって候補曲を送り、修正点のやり取りしながら曲を磨き上げる……という、通常の映画制作では考えられないような贅沢な音楽作法が取られていました。そのため10年前、20年前のレコーディング音源が生かされたり、驚くような数のバージョン違いや本編未使用曲が存在するわけです。しかしそれこそが「エヴァの音楽」が辿ってきた道なのです。本編使用曲だけがすべてではなく、それが生み出されるに至るプロセスや、さらなるシン化の続きまでを味わうことができる広大なバックヤードをあわせ持っているということになります。これぞ四半世紀にわたるエヴァンゲリオン・ミュージックならではの鑑賞法であり、CD「Shiro SAGISU Music from…」シリーズの真の楽しみ方と言えるでしょう。冒頭でも言いましたが、「シン・」を機に、今一度エヴァンゲリオンの音楽を振り返ってみたいと思う方は、こうしたエヴァ音楽の成り立ち方を踏まえたうえで、ぜひ今一度、各ディスクを手に取ってみていただきたいと思います。
最後に。海岸に登場人物たちが集う、「シン・」のキービジュアル(ポスターの図案)の海が、3月19日の「絶賛公開中」バージョンから青い色に変化したことにお気づきでしょうか。実はあの「青くなった海」が最初に披露されたのは、3月17日に発売された本CDの中ジャケット、および初回特典のステッカーでした。初回プレスのみに付くBOX(表ジャケット)は透明な海なのに、それを開けると海が青さを取り戻しているというデザインになっていました。海が青さを取り戻すというのは、新劇場版シリーズではすなわち、エヴァのない、人が生きていける世界への帰還を意味します。そしてもうひとつ。エヴァを好きな人ならば誰でも知っている「あの曲」が、「シン・」本編でも流れず、このCDにも収録されませんでした。TVシリーズでは「F-2:次回予告」、新劇場版シリーズでは「F02」「Peaceful Times」等と呼ばれていた、あの予告編音楽です。宇多田ヒカルさんによるテーマソング「One Last Kiss」「Beautiful World (Da Capo Version)」とともにエンドロールが流れ去った後、あの音楽と三石琴乃さんによる「サービス、サービスぅ…」が聴こえてこないことの寂しさ……。エヴァンゲリオンが完結したという到達感と、それを見届けたという達成感、そして何かが終わってしまったという喪失感の中、誰もがこの不思議な「爽快な心寂しさ」を噛みしめながら劇場を後にしたのではないでしょうか。「青くなった海」に包まれながらも、予告編音楽の入っていない本CD「Shiro SAGISU Music from“SHIN EVANGELION”」は、まさしくエヴァンゲリオンが終わったことを象徴する、ひとつの記念碑となったのではないか……。そんな気がします。
(文/不破了三)
【商品情報】
■CD「Shiro SAGISU Music from“SHIN EVANGELION”」
・発売日:2021年3月17日
・価格:4,180円(税込)
・レーベル:キングレコード株式会社
■収録内容
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』劇中使用楽曲他全54曲収録、鷺巣詩郎書き下ろしライナーノーツ64P封入
【DISC I】
01 paris
02 if a cause is worth dying for then be
03 euro nerv
04 tema principale: orchestra dedicata ai maestri
05 berceuse: piano
06 l’homme n’est ni ange ni bête
07 prettiest star
08 karma
09 yearning for your love
10 tema principale: piano dedicata ai maestri
11 hand of fate
12 unwelcome: piano
13 m & r: piano
14 lost in the memory
15 berceuse: piano dans l’orchestre à cordes
16 EM10A alterne
17 EM10A alterne bis
18 激突!轟天対大魔艦
19 激突!轟天対大魔艦 =hooked on the last train=
【DISC II】
01 metamorphosis
02 paranoia
03 mirror mirror: refrain
04 mirror mirror: orchestra and choir
05 this is the dream, beyond belief…
06 thème du concerto 494
07 psycho
08 killer
09 i’ll go on loving someone else =version orchestre=
10 pillars of faith
11 voices in my head
12 what if?: orchestra, choir and piano
13 EM20 =wunder operation=
14 the path
15 born evil
16 citation from ‘joy to the world’
17 pensées intimes: piano dans l’orchestre à cordes
18 ave verum corpus
19 VOYAGER~日付のない墓標
20 :||
【DISC III】
01 the way of life
02 pensées intimes: piano
03 unwelcome: orchestra
04 m & r: suite pour piano, flûte basse et orchestre
05 this is the dream
06 VOYAGER~日付のない墓標 =suppa duppa bossa=
07 what if?: guitar
08 hand of fate: playback
09 yearning of love: playback
10 lost in the memory: playback
11 la plus belle étoile
12 tema principale: tromba e orchestra
13 tema principale: chitarra
14 soul love: guitar to orchestra segue
15 réminiscence: epilogue
※楽曲は劇中使用サイズではなく、そのフルサイズ・バージョンでの収録です。
※本CDには宇多田ヒカル・テーマソング「One Last Kiss」「Beautiful World (Da Capo Version)」は収録されておりません。
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