「ジュエルペット てぃんくる☆」と故・島田満さんの思い出
─キャリア上、転機になったお仕事は?
伊部 これなら続けていけるかなと思ったのが「鍵姫物語 永久アリス輪舞曲」で、今もずっとお仕事が続いている「ジュエルペット てぃんくる☆」も、本当に大きい存在だと思います。
─「ジュエルペット てぃんくる☆」でお気に入りのシーンは?
伊部 最終話のオープニングのあかりちゃんの笑顔は、今描けるかわからないです。あの時は1年の集大成で描いているので、真似して描けるとは思うんですけど、何もないところからあの笑顔が描けるかどうかはわからないです。
─「ジュエルペット てぃんくる☆」でシリーズ構成・脚本をされた島田満さんは、2017年12月に惜しくも逝去され、ファンは悲嘆に暮れました。島田さんとの思い出を少し聞かせていただけますか?
伊部 島田さんはすごくかわいらしい方なんですよね。キャリアもある方なのに、分け隔てなく接してくださるおやさしい方で……。スイーツが好きな方だったので、「てぃんくる☆」が終わった後も、何度か一緒にスイーツを食べに行きました。
「てぃんくる☆」がらみで言うと、島田さんは「アルマが、あかりちゃんと祐馬くんのデートをこっそりつけていっちゃう、かわいらしいお話を書きたいな」とおっしゃっていたので、それができなかったのが残念だなって思います。私が人間のキャラクターをデザインさせていただいた、パペットアニメの「ちえりとチェリー」(2015)も、「てぃんくる☆」のDVD化を進めてくださった中村誠さんと島田さんの作品なんです。
神様はやさしい人から連れて行っちゃうんですよね……。島田さんは、まだ生きていなきゃいけない人ですよ。
─デザイン面で島田さんから何かお話はありましたか?
伊部 絵に関しては何もなくて、「大丈夫だと思います、伊部さんなら」と言っておられたそうです……、大丈夫だったならいいんですけど。
─「ジュエルペット てぃんくる☆」は、「ジュエルペット」シリーズの中でも屈指の人気を誇る作品だと聞いています。
伊部 ここまで長生きさせていただいて、本当にうれしいです。山本さんと、島田さんと、宮川さんと、描いてくれた皆さんと、声優さんや音響関係の皆様と、撮影さんと、美術さんと、スタジオコメットさんと、フロンティアワークスさんやほかの関係者さんも……。もう、感謝しかないです。ひとりだけがんばっても周りの人がついてきてくださらないと、アニメってできないんですよ。
─そのほかに記憶に残っている作品がありましたら。
伊部 「まかでみ・WAっしょい!」(2008)もかわいらしくて、丸っぽいキャラクターで描きやすかったですね。リアル系は私に描かせるべきではない(苦笑)。
マンガを描いてキャラの表情や仕草を
─アニメーターに必要な資質能力とは何でしょうか?
伊部 絶対必要だと思っているのは、受験デッサンです。基本的なデッサンができないと、本当に使い物にならないので。パースは後からでも勉強できます。
あと、マンガは描けたほうがいいと思います。イラストじゃいい表情しかしないから、やっていけないと思います。アニメっていろんな表情をするんですよ。コンテにラフで描かれたものがそのまま上がってきても使えないので、ちゃんとキャラクターがこういう時にどんな表情をするのかとか、どういうポーズをするのかとか、考えられるようになるには、自分でマンガを描いておかなきゃいけないと思うんですよ。
それと、アニメの仕事はマンガやイラストと違って、「自分の絵」を使う機会がほぼありません。そこを混同してしまうと、作監修正で精神的ダメージを食らうかもしれません。修正は個人を否定しているのではなく、作品の質を上げるためのものなんです。「自分の絵」はその時が来るまで、温めて洗練しておくといいと思います。
─キャラクターデザインに関してはどうでしょうか?
伊部 服の構造を勉強しておいたほうがいいと思います。服の構造がわかっていないと、変なところで切れていたりするので、家庭科の授業とか、ファッション通販のカタログを読んでおくとか、ちょっとでも頭に入れておくだけで違うと思います。
アニメ業界について思うこと
─今のアニメ業界について、伊部さんの経験から思うことは?
伊部 アニメ業界って、差別がないんですよ。男女関係なくどんな性格だろうと、ちゃんとしたものを納期に上げてくれればいいという考えなので、そこはいいところだと思います。
でも、問題もあります。結婚して家族を養いたいからと実家に帰っちゃう人や、安定収入を求めてゲーム業界に行っちゃう人がいっぱいいるので、そういう方をつなぎ止めるようにしてくださらないと、本当に業界が死ぬぞ!って思います(苦笑)。実際に「魔法少女 俺」の作監さんが2人、実家に帰ってしまっていますし、若くて描けるアニメーターさんがいなくなってしまうのは本当に辛いんですよ。
あと、昔の紙のやり方のまま高画質が求められている状況なので、それじゃもうダメだと思いますね。デジタル作画に行くか、紙を大きくするか、スキャンデータを144dpiからもっと上げるか、とにかく何かしないと、今のままでどれだけがんばっても動画で崩れるし、スキャンで消えるし、仕上げ検査さんが仕方なく必死で直していたりで、ダメなんですよね。業界標準を作ってくださればいいんですけど、今は中途半端な状況で、各社各社がバラバラにスタートしちゃっています。なので、JAniCAさん、セルシスさん、ワコムさんにはなにとぞ……って感じですね。
─最近は、師弟関係を持たないアニメーターも増えているとか。
伊部 私は山本さんという師匠に出会ったので、わからないことを片っ端から聞くことができました。今のアニメーターさんは師匠のいない人も結構いるので、そういう子はどうやって学んでいるんだろう?って思いますね。
昔は作監が2回入って、演出も2回入って、それが勉強にもなっていたんですが、今はほとんどが第二原画システムで、原画が本人に戻らないんです。人手不足で時間もないからと言ってはしょられちゃうと若い人が学ぶ機会もなくなっちゃうし、将来的にどうなのかなって思います。
─今後挑戦したいことは何ですか?
伊部 「RPGツクールMV」で趣味の自作ゲームを作りたいんで、休みをください(笑)。仕事で言うと、知り合いの童話作家の村山早紀さんの作品がアニメ化したら、原画か作監くらいで入りたいなと思っています。村山さんには「ジュエルペット てぃんくる☆」の草稿も作っていただきました。今までの作品でご縁があった方には、お返ししたいですね。
─最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いいたします!
伊部 アニメ業界は人手不足なので、いつでもいらしてください。アニメーターって、続けて行くのも大変だし、正直おすすめしづらい面もあるのですが、2年くらいいるだけでいろいろ勉強になるし、描けなかったものも描けるようになったりするので、アニメ業界に興味のある人は、遠巻きに見つめないでがんばってくれたら、うれしいなと思います!
●伊部由起子 プロフィール
アニメーター、作画監督、総作画監督、キャラクターデザイナー。滋賀県出身。短大卒業後、家電量販店に就職するが、お絵かき掲示板でスカウトされ、アニメ業界に。円谷プロダクションでキャリアをスタートさせ、ゼクシズ社員を経て、現在はフリーランス。SDキャラクター(ちびキャラ)やかわいらしいキャラクターの作画を得意とする。アニメーション監督の山本天志さんとは、約17年の師弟関係がある。「ななついろ★ドロップス」(2007)、「ジュエルペット てぃんくる☆」(2010~11)、「ちえりとチェリー」(2015)、「鬼斬」(2016)、「魔法少女 俺。」(2018)でキャラクターデザイナーに抜擢され、その才能を遺憾なく発揮。「ソウルイーターノット!」(2014)ではSDキャラのアイキャッチを全話描き、ファンを沸かせた。そのほかにも作画監督として、「冒険遊記プラスターワールド」(2003~04)、「Φなる・あぷろーち」(2004)、「魔法先生ネギま!」(2005)、「ラムネ」(2005)、「鍵姫物語 永久アリス輪舞曲」(2006)、「護くんに女神の祝福を!」(2006~07)、「H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND-」(2008)、「まかでみ・WAっしょい!」(2008)、「うみものがたり~あなたがいてくれたコト~」(2009)、「キューティクル探偵因幡」(2013)、「棺姫のチャイカ AVENGING BATTLE」(2014)など、数多くの作品に各話参加している。作品を徹底的に理解し、1作1作妥協なく仕上げる、アルチザン気質を持つ作家である。
※TVアニメ「ジュエルペット てぃんくる☆」 公式サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/jewelpet2/
※パペットアニメ「ちえりとチェリー」 公式サイト
http://www.chieriandcherry.com/
※TVアニメ「鬼斬」 公式サイト
http://www.onigiri-anime.com/
※TVアニメ「魔法少女 俺」 公式サイト
http://magicalgirl-ore.com/
※伊部由起子 ツイッター
https://twitter.com/kururutto
(取材・文:crepuscular)