アニメ業界ウォッチング第40回:美術監督・秋山健太郎が語る「はいからさんが通る」の美術の秘密、手描き背景の面白さ

2017年12月09日 15:000

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「思い通りにいかない」ところが、手描き背景の面白さ


── 秋山さんの主催する“studio Pablo”は手描きを大事にしている会社とお聞きしましたが?

秋山 フルデジタルでお願いします、という依頼が来た場合やフルデジタルの方が作品に合っている場合には、もちろんフルデジタルで対応しています。フリーの個人の方で手描きの背景を描く方はいらっしゃいますが、手描きを特徴にしている会社は、どんどん減っています。弊社の場合は、全員がデジタルも手描きもできるところが強みです。

── 手描きの背景のメリットは何でしょう?

秋山 手描き美術は自然な温かみが出ますから、「はいからさんが通る」のような国民的な作品とは相性がよいように思います。今回は自然物の表現に、にじみやぼかしを積極的に行っています。デジタルでにじみを出そうとすると、にじみ素材を使ったりして仕上がりを制御できます。その「制御できる」ことが良い部分であり面白くない部分かなと考えていまして、手描きの面白さは、思い通りにいかないところ、制御できないところだと思うからです。
塗った絵の具が乾かないうちに隣りあう色を塗ると、絵の具が混ざり合ってにじんだ表現になります。乾いた後から修正がやりづらいので、見た目以上に神経を使う描き方ですが、こうした自然現象を用いた表現は手描きならではという気がします。予想を上回る失敗があっても、そのまま描き進めなければいけないというか……。その時は失敗したと思っても、後から見るといい感じに見えてくるライブ感が、手描きの醍醐味ですね 。

── アニメの背景美術で、いちばん大事にしていることは何ですか?

秋山 すごく難しい質問ですが、いちばん大事なのは「楽しく描くこと」です。「楽しく」って具体的に何だろうという話ですが、自分だけでなく周囲の人からも喜ばれるということでしょうか。自己満足から始まると思いますが、全力で取り組んでいないとなかなか得られない感覚だと思います。全力を出し切らずに余力を残していると、慣れで取り組むようになります。すると、どこか冷めた仕事になり「上手だけど魅力がない」結果になってしまうような気がします。子供が全力で描いた絵は、大人が上手に描こうとした絵よりも魅力がある感じに近いかもしれませんが、夢中で描くことが「楽しい」ということかな、と今は考えています。乱暴な言い方ですが、下手でも魅力があれば良いと思っています 。


── 慣れではなく、冒険したほうがよいということですか?

秋山 そうですね、冒険ですね。スタッフにはよく、「絵をぶっ壊して描いて」と言っています。アンバランスバランスといいますか、いつも新鮮な気持ちを保つて、慣れではなく、毎回新しく始めるつもりで描いてほしい。スポーツに似ていると思うのですが、メンタルとテクニカルのバランスが重要だと思います 。

── 美術監督に取材していると「ひたすら細かく描き込むだけの人が多い」という話を、たまに聞きますね。

秋山 巨大なものを描く場合には、細かく描くことも必要でしょう。だけど、自分が安心したいがために細かく描いているとしたら、それは後ろ向きな姿勢です。それと、最近は写真を加工して描く方法もありますし、単に細かく描くだけなら誰にとっても真似がしやすい。細かく描くより、一筆でビシッと決めたほうが、僕にとってはカッコいいんです。しかし、お客さんにとっては、細密に描きこまれた背景の方が嬉しい場合が多いでしょうし、自分の考え方も大事です。いつも、そのせめぎ合いの真ん中で仕事をしています。
それと、美術はアニメ制作のスケジュールの後半で仕事をするセクションです。「今日は気分が乗らないから描けない」というわけにはいかない。アーティスト寄りのこだわりだけでなく、冷めた目線で淡々とスケジュールをこなしていく能力も必要だと思います 。



(取材・文/廣田恵介)

(C) 大和和紀・講談社/劇場版「はいからさんが通る」製作委員会

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上映開始日: 2017年11月11日   制作会社: 日本アニメーション
(C) 大和和紀・講談社/劇場版「はいからさんが通る」製作委員会

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