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正確に似せると、つまらないキャラ表になる
──「積乱雲グラフィティ」で、宇木敦哉さんのイラストをアニメ用にデザインした縁で、「つり球」も担当することになったわけですか?
高橋 それが、「つり球」のキャラデは、コンペ形式だったんです。A-1 Picturesの大松裕プロデューサーが、コンペに参加するよう誘ってくれました。コンペでは、宇木さんのキャラ原案を見て、2人だけラフスケッチを描いたんです。清書していないラフな絵だったんですけど、中村健治監督が「この力の抜けた感じが、いいっすよ」と選んでくれました。「こんな雰囲気で描けば、宇木さんの絵に似るんじゃない?」という軽い空気感が、うまく監督の好みと合致したみたいです。
──「つり球」はキャラデだけでなく、第1話で作監をなさってますね。
高橋 実は、「つり球」は放送開始の2週間前、やっと作画がスタートしたんです。途中から作監を大量に導入する方式で、最終話まで完走できました。それと、海外に動画を外注すると「黒目が小さくてキャラが似ていない」事態が、よく起きます。だけど、「つり球」のキャラは三白眼なので、最低限の修正のみでOKでした。「つり球」は女性スタッフの愛情が強くて、原画だけでなく版権イラストや衣装デザインを、がんばって描いてくれました。中村監督の作品はスケジュールは厳しいんですけど、スタッフの一体感がすごいんですよ。「ガッチャマン クラウズ」(2013年)の現場も、熱気にあふれていました。
──「ガッチャマン クラウズ」シリーズは、キナコさんがキャラ原案ですが、それは監督やプロデューサーが決めるのですか?
高橋 「季刊エス」という雑誌の編集者が、中村監督にキナコさんを推薦したのがキッカケだと聞いています。たまたま、キナコさんがプライベートで上京される機会があって、そのときに中村監督と話して、キャラ原案に決まったそうです。チャンスは、どこにあるのかわからないものですね。
──キナコさんの場合も、やはりキャラクターのイラストを、アニメ用にデザインしたわけですね?
高橋 そうです。キナコさんの場合、二次創作の同人誌がありましたので、「このキャラは、同人誌に描かれているこのキャラに対応しているんだろうな」と、感覚的にわかるんです。「渋い感じのキャラなら、目の配分はこれぐらい、あごの形はこう」と、公倍数としてわかってくるんです。そのまま正確に似せようとすると……つまんない絵になるんですよ(笑)。
──そうなんですか?
高橋 そう、線対称のつまらない絵になる。だから、表情を入れていくんです。絵を見た人たちが「声優はあの人だろうな」と想像できるような、表情をつけていく。「くずし顔はこう、動作はこう、泣くときはこんな顔で」と決めて、そこでようやく、キャラ原案の方の特徴をとらえたキャラ表ができあがるんです。
とにかく楽しく、ポジティブに変えていく!
──「コメット・ルシファー」(2015年)はキャラ原案なしの、高橋さんのオリジナル・キャラですね。
高橋 そうは言っても、バンダイビジュアルさんの意向を聞きながら描いたので、本来の自分の絵がどんな風だったか、わからなくなってしまって(笑)。意向を聞きながらも、「このデザインの中でこそ、このキャラが生きる」というパッケージのようなつもりで、世界観設定(ストーリーボード)も描きました。
──今までキャラ表に起こしてきた、宇木敦哉さんやキナコさんの絵の影響はありますか?
高橋 そうですね。輪郭のつけ方は江端里沙さん、鼻と口の距離は宇木さん、横顔の目の形と正面顔のまつ毛のつけ方はキナコさん……と、いろいろと影響は受けています。ですから、とても贅沢な経験をさせてもらい、よかったと思っています。
──逆に、「他の人の絵に似せないといけない」ことが、ストレスになりませんでしたか?
高橋 いえ、ストレスにはなりませんでした。「このキャラは、この場面にはなじまない」という状況はありましたけれど、だったら、その場面になじませるような表情にする、その場面にふさわしいキャラにしていくことが、自分の仕事になるんです。とにかく楽しく、ポジティブに変えていく。僕の出発点は、人体の基本の骨格をつかまえることでしたから、むしろ誰かの絵柄に合わせるキャラクターデザインは、しっくりきます。もちろん、キャラ原案の方の絵は尊重しましたけれど、自由に描かせてもらえました。「このキャラはこう笑う、こういう動作をする」と出力することは、自分にとってはクリエイティブだし、楽しいことなんです。
──今後は、どんな仕事をしていきたいですか?
高橋 「ガッチャマン クラウズ インサイト」と「コメット・ルシファー」は、同時期にキャラデと総作監をやっていました。昼から深夜までは「インサイト」、深夜から朝までは「ルシファー」、これを1年間続けられたのは、描くスピードがあったからです。どんどん描かないと、前に進めませんし、勉強するにもスピードが必要なんです。ですから、今後どんなオーダーが来ても、迅速にこたえていきたいです。
もうひとつ、いろいろな絵を描きたい。ひとりよがりになって視野が狭くなるのではなく、他の人から、どんどん吸収していきたいです。そのためにも、いろいろな作品に参加したいですね。
(取材・文/廣田恵介)