6つの美術館が連携して実現した「富野由悠季の世界」展の道のりを、学芸員・山口洋三が振り返る【アニメ業界ウォッチング第84回】

アニメ2021-11-20 11:00

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富野由悠季監督のアニメ作品を、テーマごとに深く掘り下げた展覧会「富野由悠季の世界」が、現在、北海道立近代美術館で開催中だ(2022年1月23日まで)。
2019年6月に福岡市美術館からスタート、兵庫県、島根県、静岡県、富山県、青森県と6つの美術館を巡回してきた「富野由悠季の世界」は、さらに新潟県と北海道を加えて、3年近くも続いている。企画の初期から携わってきた福岡市美術館 学芸係長の山口洋三さんに、「富野由悠季の世界」展がこれほど大きな規模になった理由を聞いてみた。はたして、アニメ作品は“アート”になり得たのか?

ただアニメの制作資料を並べるだけでは、“富野由悠季”の展覧会にはならない


── 山口さんは福岡市美術館の学芸係長という立場ですが、そもそも美術館の学芸員は、どういう仕事をしているのですか?

山口 美術作品の収集と保存管理です。館の方針にしたがって作品を集めて、適切に保存しながら、展示をしていく。いわゆる、常設展示の開催ですね。そうした基本的な仕事のほかに、企画展があります。その美術館の収蔵していない作品を借りてきて、テーマに従って企画展を開催することも仕事です。学芸員によって専門分野は異なり、私の場合は現代美術が専門です。いま活躍している作家の作品を収集して、展覧会につなげたりします。

── 無論、かなりの専門知識が必要な仕事だと思いますが……。

山口 福岡市の場合は、文化学芸職という文化財に関わる役職があって、その採用試験に合格する必要があります。

── では、「富野由悠季の世界」展を企画しはじめた発端を聞かせてください。

山口 青森県立美術館に、工藤健志さんという学芸員がいます。工藤さんとは以前から顔見知りで、2014~2015年に「成田亨 美術/特撮/怪獣」という展覧会を共同で開催した縁もあり、「また一緒に何かやりたいね」という話をしていました。私も工藤さんも、もともとアニメやプラモデルへの興味が強くて、特に工藤さんはそうした分野の展覧会に多く携わってきた方です。その工藤さんから「富野由悠季をテーマにした展覧会はできないだろうか」と、相談されました。その時点では「そんなの、どうすればできるんだろう?」という感じで、お互いに具体的な内容までは想像していなかったと思います。おそらく、設定画やセル画を展示することになるだろうけど、単に資料を並べるだけでは富野由悠季というアニメ監督の展覧会にはならない。富野監督自身が、絵を描くわけではないからです。だけど、たとえば『機動戦士ガンダム』(1979年)のアムロ・レイというキャラクターは富野監督の指示があって、初めて形になったはずだ……という予想がありました。アニメ作品において、監督のディレクションなしに表現されるものは何もないのではないか。そうした監督の意図を解説していけば、展覧会が成立するのではないかと思いました。
とはいえ、「これなら必ず実現する」と確信できたのは、富野監督がご自分で保管されていた資料を提供していただけることに決まったときです。作品が形になる前の、監督自身の意図やアイデアの断片を整理して展示できるなら、ちゃんと“富野由悠季展”になる。監督の提供してくださった資料を実際に見てみると、スケッチや絵コンテがたくさんありました。全部を確認するのに、3~4人がかりで2週間かかりました。サンライズさんや手塚プロダクションさん、東北新社さん、日本アニメーションさんに加え、クリエイターの皆さんなどからも大量に資料をお借りして、展示した数は公称3,000点にのぼります。『∀ガンダム(ターンエーガンダム)』(1999年)や『OVERMANキングゲイナー』(2002年)の頃はデジタルによる制作が進んでおり、データ資料もかなり増えています。会場では映像もたくさん流していますから、それらも含めると、実際には3,000点を超えていると思います。各館の学芸員で作品を分担して受け持ち、監督の意図がどのような形で制作資料に現れているか、それを最重視して全体を構成しました。いっぽうで、安彦良和さんや湖川友謙さんをはじめとするスタークリエイターたちの絵を見たいというニーズも無視できませんから、視覚的に華やかになるよう、脇を固めていきました。

▲ 第1会場 福岡市美術館

── 企画を動かすためには、富野監督やサンライズとの交渉が必須だったと思うのですが?

山口 それが、話を持っていった当初、監督はなかなか首を縦に振ってくれませんでした。

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