1990年代の香りを出した「かぐや様」
─愛用の楽器は?
羽岡 ハードウェア・シンセサイザーは現在30台以上持っていますが、結構買ったり売ったりしていまして、「長年の相棒」いうのはありません。今一番触っているのは、YAMAHAの「CP300」です。いろんな意味で使いやすくて、このシリーズは、高校生の頃から20年以上使っています。
─どういったところが魅力なのでしょうか?
羽岡 タッチが弾きやすいのと、MIDIキーボードとしての機能がとてもよくできていること。あとは、スピーカーがついていることですね。多くのシンセはスピーカーがついていないんですけど、CP300はパソコンにつながなくても、単体で音を出せるのがいいんです。
─鍵盤楽器以外にも、いろいろお持ちなのですか?
羽岡 曲を作る時にあったほうがいいので、ギターとベース、それにアコギも持っています。以前は、マンドリンとかウクレレとかアコーディオンとか、その他にもいろいろ持っていたんですけど、あまり弾けないし、練習する時間もないので、手放しました。
─生楽器と打ち込みの使い分けは、どのようにしているのでしょうか?
羽岡 作品によって、一番ふさわしいものを探している感じです。オーケストラにしても、バンド系にしても、生楽器系の音が作品に合いそうな場合は、打ち込みで生楽器の音色を再現することはあまりしないで、ミュージシャンの演奏をスタジオでレコーディングします。シンセサイザーが作品に合う場合は、ハードやソフトのシンセサイザーの中からふさわしいものを選んでいきます。MINI MOOGなど、魅力的な音が出るアナログやデジタルのシンセをたくさん所有しているので、そういったものも使ってみたりして、やっぱり現在の劇伴にはソフトシンセのほうが質感が合うなとか、いろいろ試しながら作っています。
「かぐや様」では1990年代の香りを出したくて、「KORG KRONOS」を多用しました。90年代当時のシンセも試してみたのですが、質感が微妙に古すぎて、2019年のアニメには合わない感じがしたので、最新機種でありながら90年代の音色も作ることができるKORG KRONOSを選びました。
─監督からその辺りのオーダーもあったりしますか?
羽岡 どの楽器や曲を生楽器で収録するかについては基本お任せのことが多いですが、「オーケストラっぽく」、「ロックっぽく」など、ジャンルや曲調のオーダーをいただくことはあるので、そのオーダーを参考に考えます。「かぐや様」では畠山監督から、「リズムボックスを使いたい」というリクエストをいただいたので、1970年代のリズムボックス、「Roland TR-66」を使いました。
─過去のインタビューによりますと、打ち込みで作った音は、AURORA AUDIOのマイクプリアンプ「GTP8」に通して、レコーディング・エンジニアに渡しておられるとか。
羽岡 今はもうやっていません。打ち込みはいつも試行錯誤していまして、その時々によっていろんなことをやっています。現在は、ハイクオリティな電源ケーブルや電源タップを使うことが重要だなと感じています。録音機材やシンセサイザーなどに、アコースティックリバイブなどの信頼できるケーブルを接続しています。それによって、スピーカーの音が格段に聴きやすくなってスケール感が大きくなるので、以前よりもだいぶスムーズに作曲できるようになりました。
─演奏者の選定方法は?
羽岡 ミュージシャンについても、毎回、どんな方がその作品に合うか考えてお願いしています。今回の作品にぴったりだと思う方がいれば、指名でお願いすることもありますが、基本的にはミュージシャン・コーディネーターの方に選んでいただくことが多いです。コーディネーターの方は、作品にふさわしい演奏家を呼んでくださるので安心です。
─鍵盤楽器は、ご自身で演奏されるのですか?
羽岡 自分では弾かないです。僕はそんなにいい演奏ができないので、うまい方に演奏していただきたいと思っています。
─よくお願いされるスタジオ・ミュージシャンは?
羽岡 安全地帯のサポート等もやっておられる松田真人さんには、何十回も弾いていただいています。譜読みがすごく早くて、クラシックベースでありながら、ジャズもポップスも演奏されるので、とても信頼しています。
─スタジオ選びについてはいかがでしょうか?
羽岡 今までにいろんなスタジオを使わせていただきましたが、スタジオによって部屋の響きが違うので、同じ演奏者でも違う音になりますし、機材もスタジオによって違います。東京にはよいスタジオがたくさんありますので、こちらも作品によって適切なスタジオを選ぶようにしています。
自然に触れ、自分を整える
─そのほかに、羽岡さんのお仕事のこだわりは?
羽岡 いきなり作曲するのではなくて、自分を整えてから作曲をする、というのはとても大切だと思っていて、いつもいろいろ試しています。ここ数年は、できるだけ自然に触れるようにしています。近くに自然の多い公園があるので、朝そこで木が多い中を少し歩いて、鳥や虫の声を聴き、木や土の香り、太陽の暖かさに触れると、充電完了します。
─ご趣味は? 2015年時点は、断捨離(だんしゃり)がマイブームだったとか。
羽岡 この時に徹底的にやりまして、機材や身の回りのものは、何もなくなりました。楽器の処分もその一環で、その時は「もうコンピューターだけでいいや!」とさえ思っていました。でもその後、またものすごく買ってしまいまして……(苦笑)。なので、断捨離はマイブームとは言えなくなりました。
─では現在は?
羽岡 最近はちょっとでも時間があったら、普段以上に、大自然に触れに行くようにしていますね。旅行に行ければ行きますし、泊まりで行けなくても、車で近くの山や滝に行ったりして、パワーチャージしています。
─自然をテーマにした作曲家もおられますよね。
羽岡 大学時代の作曲の恩師である綿村松輝先生は、僕が在学当時、「借景(しゃっけい)の音」というコンセプトで現代音楽を作曲されていました。借景はもともと、周囲の自然を取り入れて庭を作る造園技法なんですけど、綿村先生は音楽でもそれをやろうとされていた方で、僕もその影響を受けているかもしれません。関連があるかわかりませんが、最近は、大自然に触れて感動した状態を保ちながらそれを反映させていく感じで、作品を作っていきたいと思っています。