音作りに迷惑かけないように、美術設定にもひと工夫
──ここからは、少し個別の作品のお話をうかがいたいと思います。「アストロボーイ・鉄腕アトム」(2003~04)では「加藤ひろし」名義となっていますが、これはどのような理由でしょうか?
加藤 自分の娘が読めるようにです(笑)。やっとひらがなが読めるようになった娘と一緒に観るために参加した作品ですから、全部ひらがなでもよかったのですが。手塚プロダクションさんに理由を説明すると、「いいんじゃないですか」と言ってくれました。
―「アストロボーイ」は、本連載でもインタビューさせていただいた、三間雅文さんが音響監督をされていますね(編注:https://akiba-souken.com/article/27432/)。
加藤 打ち上げですれ違ったりすることはありますが、音響の方や声優さんとお会いするのは稀有ですね。
―音響との関係で、気を付けていることはありますか?
加藤 絵作りの部分と音作りの部分はかなり深くリンクしていて、特に背景がないと「広さがわからない」とか、「質感がわからない」といった理由で、音は入れられないとよく言われますが、背景はL/Oがないと作れないので、「ごめんなさい。背景だけ先行してというのは難しいです」とお答えせざるをえないところがあります。なので、私は音響の方が音作りで困らないように、美術設定の段階で「質感は○○です」とか、「広さは○○です」とか書くようにしています。特に砂利、タイル、絨毯といった足音関係や、「超巨大空間です」といった反響関係には気を付けています。
―音響監督とお会いされた作品を教えていただけますか?
加藤 「ばらかもん」(2014)や「放課後のプレアデス」(2015)の時は、お会いしました。「プレアデス」ではガイナックスさんから、「車の音録りに行くけど、来る?」と誘っていただきました(笑)。
──「アストロボーイ」以外の作品で、クレジットを変えられたことは?
加藤 ガイナックスさんの「彼氏彼女の事情」(1998~99)は、途中で美術監督を手伝っているのですが、参加した話数ごとに表記を変えてやっていました。そういった遊びは、作家の方や演出の方もよくやっていることなので、特には問題ないのですが、名前は覚えてもらえないですよね(笑)。
──「彼氏彼女の事情」は庵野秀明監督作品ですね。庵野監督と言えば、加藤さんは「エヴァンゲリオン」シリーズにも、美術監督として参加しておられますね。
加藤 当時勤めていた美峰さんのほうに、当時の制作会社だったガイナックスさんから「面白いことがしたいので、新進の背景会社と何かできないか」というお話が来たので、庵野さんといつか一緒にやりたいと思っていた私が手をあげました。
──美術設定の制作では、監督とどのようなやり取りをされるのでしょうか?
加藤 どの作品でも、監督の頭の中にある風景を形にするのが基本です。監督の作りたい舞台がはっきり決まっているのであれば、それに合わせて作り、すり合わせを行います。おぼろげに決まっている段階であれば、いくつかラフに候補を作って、選んでもらうこともあります。ただ、TVシリーズで、2つも3つも候補を作って選んでもらう余裕はありませんが。
──第3新東京市のデザインはいかがでしょうか?
加藤 監督から「こういう形で行きたい」という最終的な決め打ちをいただいたので、私はそれに合わせて画を作っていきました。本作では設定より色構成で頭をひねりましたね。
──おぼろげなアイデアから始まった作品には、どのようなものがありますか?
加藤 「スレイヤーズ」の劇場版(1996、1997)では、監督から口頭でイメージを伝えてもらって、あとは自由にやらせていただきました。
──「翠星のガルガンティア」(2013)は、美術監修として参加されていますね。
加藤 牽引役ですね。美術監督はうちのスタッフ(編注:栫ヒロツグさん)です。
──美術監督として参加された作品の中で、記憶に残る、お好きなシーンはありますか?
加藤 「トップをねらえ2!」(2004~06)のラストで、サーチライトがぶわっと上がるところは、キレイだなと思いました(編注:名義は前半「加藤朋則」後半「加藤浩」となっている)。背景がキャラクターの動きや演出の役に立った時に、カタルシスを感じますね。
──「ばらかもん」は、原作者・ヨシノサツキさんの出身地である、長崎県の五島列島が舞台とのことですが、加藤さんも取材に行かれたのでしょうか?
加藤 行きました。橘正紀監督、プロデューサー、音響監督、スクウェア・エニックスの担当者さんと一緒にヨシノ先生とお会いして、舞台を案内していただきました。主人公の半田先生の家は実在しないので、現地の風景を参考にしつつ、原作から拾えるだけ拾って、作っていった感じですね。
──原作者の方から直接説明を受けたのですね。
加藤 そうですね。原作付きの場合、原作者の先生に「舞台となった場所があるなら、見せてください」とお願いすることは多いです。
──加藤さんはゲームでも美術監督をされていますが、アニメとゲームでどのような違いがあるのでしょうか?
加藤 ムービーを作る分には似たり寄ったりですが、ゲームは1点ものが多いので、関わり方から発注のされ方まで違います。発注は字コンテや絵コンテでされる場合もありますし、よりシンプルに場所・時間・天候だけ書かれているケースもありますが、最近は、L/Oから請け負うことも増えてきました。あと、シーンの数が圧倒的に多いですね。ワンシーン1枚ということもありますから。ゲームの場合、シーンの数が多すぎて美術ボードでの事前チェックを省略していきなり本番という事もあるため、あとから全直しということもたまにあります。
ととにゃんは、光・空気感の描写やデフォルメをおそろかにしない
──株式会社ととにゃんは、今年で創立10周年ですね。改めて設立の経緯をうかがえますか?
加藤 もともとうちの奥さん(編集注:かとうみつこさん)が設立した3DCGデザイン会社で、そこに美術背景の部署を作らせていただいたという流れですね。今は美術の仕事がメインになっていますが。
──御社のセールスポイントは?
加藤 光とか空気感とか、そういう部分の描写やデフォルメをおろそかにしないところですね。あと、当たり前のことだとは思いますが、納期は落としません。作品・スケジュールを守るためなら、さまざまな措置を講じます。
──今後挑戦してみたいことは?
加藤 映像作品に関われるのであれば、何にでも興味があります。実写や特撮系も楽しそうですね。お話があれば、コンセプトアートなども描いてみたいです。
──アニメファンの皆さんに、メッセージをお願いします!
加藤 風景や舞台を作る仕事をやっていますが、実際にあるないに関わらず、スタッフ一同「ぜひ行ってみたい!」と思えるような場所を作る努力をしていますので、これからもよろしくお願いします。
●加藤浩 プロフィール
美術監督。大阪芸術大学卒業後、プロダクション・アイ入社。その後フリーランスを経て、美峰の設立に参加。現在はととにゃんの取締役を務める。美術監督としての主な作品には「ああっ女神さまっ」(1993~94、2005~06)、「覇王大系リューナイト」(1994~95)、「新世紀エヴァンゲリオン」(1995~96)、「アベノ橋魔法☆商店街」(2002)、「アストロボーイ・鉄腕アトム」(2003~04)、「さよなら絶望先生」(2007)、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」(2007~12)、「ゆゆ式」(2013)、「ばらかもん」(2014)、「放課後のプレアデス」(2015)など、ゲームでは「アマガミ」(2009)など多数。著書に「プロが教えるアニメ背景画の描き方」(2014)がある。
「プロが教えるアニメ背景画の描き方」
http://www.sotechsha.co.jp/pc/html/1057.htm
●株式会社ととにゃん プロフィール
加藤さんの奥さんで、CGデザイナーのかとうみつこさんが設立した、3DCGデザイン・背景制作会社。2016年5月で創立10周年を迎え、国内外からますます熱い注目を集めている。
株式会社ととにゃん 公式サイト
http://www.totonyan.com/
(取材・文:crepuscular)