「ベターマン」では、“身動きのとれないキャラクター”が世界の秘密を握っている?【懐かしアニメ回顧録第68回】
テレビ放送の中断していた「食戟のソーマ 豪ノ皿」が、今月(2020年7月)から再開された。同シリーズの監督を務めている米たにヨシトモ氏が、1999年に監督したオリジナル作品が「ベターマン」だ。
擬似科学と神話世界が融合したようなオカルティックな世界観の中、怪物に変身できる謎のヒーロー“ベターマン”、探査用ロボット“覚醒人1号”などが怪現象に立ち向かう。今回のコラムでは第1話、「闇-YAMI-」での、キャラクターの役割を考察してみたい。
椅子に拘束されて動けない少女、紗孔羅がキーパーソン
まず、第1話のプロットを整理してみよう。
主人公・蛍汰の高校に、女生徒が転校してくる。それは、蛍汰と幼なじみの火乃紀(ヒノキ)であった。同じ頃、蛍汰の住む町の地下に建造された地下遊園地で、多数の死者が出ていた。アカマツ工業が現地調査にあたるが、彼らはアルジャーノンという伝染病のような怪現象の調査を依頼されていた。火乃紀はアカマツ工業の一員であり、社長から地下遊園地の捜索現場に呼ばれる。蛍汰は、たまたま地下遊園地に迷い込んでしまい、覚醒人1号というロボットに乗った火乃紀と出会う。なりゆきから覚醒人に乗った蛍汰は火乃紀と一緒に戦うが、窮地に陥ってしまう。彼らのピンチにかけつけたのは、巨大な怪物へと変身した超人“べターマン”であった……ここで、第2話へと続く。
蛍汰が未知の状況に次々と遭遇していく、わかりやすい巻き込まれ型のプロットだ。
ここで注目したいのは、アカマツ工業の特殊なトラクター内に座っている神秘的な少女・紗孔羅(サクラ)の存在だ。地下遊園地に迷い込んだ蛍汰は、覚醒人1号(および、そのパイロットである火乃紀)と出会うのだが、その前に、トラクター内で紗孔羅と会話している。
はかなげで、声の小さな紗孔羅は、メカニカルな椅子に拘束されており、身動きがとれない。その姿を見た蛍汰は「これ、どうやって取ればいいのかな」と拘束具を外そうとするが、紗孔羅は「取っちゃだめ」「私はこのままでいいの」と蛍汰に告げる。
身動きとれない紗孔羅は、覚醒人に巨大アトラクション用のロボットが襲いかかる直前、「来るよ!」「来たよ!」など警告を発する。また、蛍汰が黒い霧に包まれて危機に陥った際も(その場所からは見えないはずなのに)、ハッと顔をあげて反応している。
つまり、特殊な椅子に拘束された不自由な状態でありながら、目に見えない出来事を察知したり、短期の未来予知ができる――それが紗孔羅の能力であることが、第1話の描写からわかる。
蛍汰が、紗孔羅と同じように「椅子に座った」瞬間
身動きのとれない人物ほど、より多くのことを知っている――これは、劇映画の基礎原理と言ってもいい。
典型例は、アルフレッド・ヒッチコック監督の「裏窓」(1954年)。主人公は足を骨折したため一歩も動けないが、それゆえにアパートの裏窓から殺人事件を目撃することになる。「ダイ・ハード」(1988年)の主人公・マクレーン刑事は、民間人の会社社長が殺されるのを黙って見ているよりしかなく、以降もビルの窓や換気口から情報を集め続ける。自由に動けない人物ほど、もっとも多くの情報を持っている。物事を裏側から俯瞰して状況を把握しているのは、決まって動けない人物である。
だから、椅子に拘束されたままの紗孔羅が、ほかの人物に見えないことを次々と感知する設定には、映画史的な説得力がある。
では、主人公の蛍汰はどうだろう?
冒頭ではキックスケーターで登校したものの、トラックを避けそうとして信号にぶつかり、下校時にはキックスケーターで転んで、地下鉄入り口に突っ込んでしまう。
さらに、人間が溶けたような怪物(ぬれ女)に追われて地下遊園地の細いレールや階段を走りまわり、その途中でトラクターの中に拘束された紗孔羅と出会う。
紗孔羅と別れた後も、遊園地のアトラクション用の騎士型ロボットやカッパ型ロボットに追われて、スラップスティック映画のようにコミカルなアクションを繰り返す。
つまり、蛍汰はオーバーアクションで盛んに動き回るが、実は怪物に追われているだけであって、地下遊園地がアルジャーノンに侵食されている事実すら知らない。いちばん身体を動かしながらも、いちばん無知で無力なのだ。
しかし蛍汰は、第1話の終盤で、巨大な力を手に入れる。
火乃紀の乗った覚醒人1号の、もうひとつのコクピットが空席だったため、緊急措置として蛍汰が乗ることになるのだ。それまで走り回ってばかりいた蛍汰は、覚醒人のコクピットに座ったままになる。だが、そのおかげで蛍汰にはパイロット特性があることがわかり、今まで自分を追ってきたぬれ女を踏み潰し、騎士やカッパを覚醒人の腕で引きちぎる(この段階では火乃紀が操縦しているようだが、蛍汰は覚醒人の力に感激する)。
駆け回っているときの蛍汰は無力だが、座った瞬間に力を手に入れ、少しだけ世界の秘密に触れることができる。コクピットに座って身体的に身動きとれない間だけ、最強になれる――この視点からロボットアニメを振り返れば、今までとは少し違った景色が見えてくるだろう。
(文/廣田恵介)
※記事中に記載の税込価格については記事掲載時のものとなります。税率の変更にともない、変更される場合がありますのでご注意ください。
関連記事
-
岡本喜八ゆずりの軽快なテンポ感が、壮大なテーマへ結実していく! 「トップをねらえ!」の絶妙なカットワーク【懐かしアニメ回顧録第67回】
アニメ 2020-06-20 -
「さよなら絶望先生」は、“縦書き”と“横書き”でキャラクターを描き分ける。【懐かしアニメ回顧録第66回】
アニメ 2020-05-16 -
「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」のSF設定は、アニメーションの構造に作用してドラマを革新する。【懐かしアニメ回顧録第65回】
アニメ 2020-04-18 -
「xxxHOLiC」は構図によって、秩序と混沌、神秘と通俗を描き分ける【懐かしアニメ回顧録第64回】
アニメ 2020-03-15 -
アンの生きる現実は、空想を使わないと描写できない――。「赤毛のアン」第12話を見る【懐かしアニメ回顧録第63回】
アニメ 2020-02-09 -
複数の透過光が引き立てる「勇者エクスカイザー」の変形シークエンス【懐かしアニメ回顧録第62回】
アニメ 2020-01-04 -
「マイマイ新子と千年の魔法」は、積み重なった世界を“鏡”で指し示す【懐かしアニメ回顧録第61回】
アニメ 2019-12-08 -
敵味方のロボット・デザインの差異を無効化する「ブレンパワード」の革新的なメカ描写、君は気がついているか?【懐かしアニメ回顧録第60回】
アニメ 2019-11-24 -
「天空のエスカフローネ」の主役ロボットが、「竜」に変形する意味と効果【懐かしアニメ回顧録第59回】
アニメ 2019-10-13 -
絵による“例え話”で怪異に説得力を持たせる「化物語」の発想【懐かしアニメ回顧録第58回】
アニメ 2019-09-15 -
「雲のむこう、約束の場所」――“垂直”と“水平”が織りなす新海誠のユートピア【懐かしアニメ回顧録第57回】
アニメ 2019-08-17 -
人型メカのアクションを登場人物の回想シーンにシンクロさせる「マクロスプラス」の演出力【懐かしアニメ回顧録第56回】
アニメ 2019-07-07 -
「∀ガンダム」が会話で聞かせる、品のいい「ミリタリー趣味」【懐かしアニメ回顧録第55回】
アニメ 2019-06-23 -
過酷な物語を抽象化する“童話”としての「機動戦士Vガンダム」【懐かしアニメ回顧録第54回】
アニメ 2019-05-03 -
宇宙世紀的な設定やスペックに頼らない、明快な“ロボット活劇”としての「∀ガンダム」【懐かしアニメ回顧録第53回】
アニメ 2019-04-13 -
「絵」を「現実」と誤認させる「東のエデン」の入れ子構造【懐かしアニメ回顧録第52回】
アニメ 2019-03-21 -
メディアミックス爛熟期に生まれた「フリクリ」が喚起する、アニメと漫画の深い関係【懐かしアニメ回顧録第51回】
アニメ 2019-02-24 -
“宇宙用ヘルメット”を使って登場キャラクターの心情を描き出す、「プラネテス」の視覚効果【懐かしアニメ回顧録第50回】
アニメ 2019-01-27 -
“アイレベル”の高低で人間関係がわかる、「RD 潜脳調査室」の機能的構図【懐かしアニメ回顧録第49回】
アニメ 2018-12-24 -
対立する両者の力の差をモビルスーツで描き分ける「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の演出力【懐かしアニメ回顧録第48回】
アニメ 2018-11-17 -
キャラクターの“実在“と“不在”をレイヤー構造で見せる「serial experiments lain」の演出【懐かしアニメ回顧録第47回】
アニメ 2018-10-28 -
「王立宇宙軍 オネアミスの翼」の主人公は、なぜロケットの座席に座ったままなのか?【懐かしアニメ回顧録第46回】
アニメ 2018-09-15 -
「千と千尋の神隠し」に秘められた「解放への道」を、シーンとキャラクターから探る【懐かしアニメ回顧録第45回】
アニメ 2018-08-19 -
「時をかける少女」を残酷に支配する「時の流れ」は、構図に刻みつけられている。【懐かしアニメ回顧録第44回】
アニメ 2018-07-15 -
いつでも誰かが誰かの代わりをしている――「カウボーイビバップ」の熟成された作劇【懐かしアニメ回顧録第43回】
アニメ 2018-06-23 -
「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」では、メカから吹き出る“煙”までもが演技している!【懐かしアニメ回顧録第42回】
アニメ 2018-05-27 -
荒唐無稽な絵で事実を伝える「ルパン三世 ルパンVS複製人間」の演出力【懐かしアニメ回顧録第41回】
アニメ 2018-04-29 -
「もののけ姫」のスケール感は、“見えないはずのものを目撃する”主人公の視界から生まれる。【懐かしアニメ回顧録第40回】
アニメ 2018-03-17 -
主役メカは左右どちらを向いている? 「超時空要塞マクロス」の対立図式を“メカの向き”から解読する!【懐かしアニメ回顧録第39回】
アニメ 2018-02-11 -
【懐かしアニメ回顧録第38回】「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード」のストーリーを前に進めるのは“セルで描かれたおいしそうな焼き肉の質感”である!
アニメ 2018-01-03 -
【懐かしアニメ回顧録第37回】ボクサーたちの身体を包むコートやスーツ……、さまざまな「布」が「あしたのジョー」の人間関係を浮き彫りにする!
アニメ 2017-12-16 -
【懐かしアニメ回顧録第36回】立ち上がったデンドロビウムが対決の構図を熱くする! 「機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光」の図像学
アニメ 2017-11-04 -
【懐かしアニメ回顧録第35回】キャラクター描写にまで関与する、「THE ビッグオー」のすぐれたロボットデザイン
アニメ 2017-10-09 -
【懐かしアニメ回顧録第34回】サイレントとトーキー、ふたつの文法が交錯する「ラーゼフォン 多元変奏曲」の悲劇的プロット
アニメ 2017-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第33回】「月詠 -MOON PHASE-」で描かれる “ウソだからこそ平和な”日常生活
アニメ 2017-08-11 -
【懐かしアニメ回顧録第32回】“乗り物”から読み解く「魔女の宅急便」の面白さ
アニメ 2017-07-09 -
【懐かしアニメ回顧録第31回】“見る”ことと“聞く”ことで深化する「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」の世界
アニメ 2017-06-24 -
【懐かしアニメ回顧録第30回】躍動的な「破裏拳ポリマー」の世界と、視聴者とを媒介する“動けないキャラクター”
アニメ 2017-05-05 -
【懐かしアニメ回顧録第29回】セルと3DCGとの共存は可能なのか? OVA「青の6号」が混沌のすえに獲得したテーマとは?
アニメ 2017-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第28回】メカニックの“呼び分け”によって生じる「機動戦士ガンダム」の多面的リアリズム
アニメ 2017-03-11 -
【懐かしアニメ回顧録第27回】シンメトリーの構図と舞台装置が明らかにする、「帝都物語」と演劇の相関関係
アニメ 2017-02-12 -
【懐かしアニメ回顧録第26回】生命を媒介する“液体の色”が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の世界観を決定する
アニメ 2017-01-09 -
【懐かしアニメ回顧録第25回】物語の深層をすくいあげる「十兵衛ちゃん -ラブリー眼帯の秘密-」の「対決の構図」
アニメ 2016-12-30 -
【懐かしアニメ回顧録第24回】「アリーテ姫」の提示する、「線と色」で構成された魔法の価値
アニメ 2016-11-05 -
【懐かしアニメ回顧録第23回】“漫符”で聞かせる、「ハチミツとクローバー」のバラエティ的音響効果
アニメ 2016-10-08 -
【懐かしアニメ回顧録第22回】キャラクターの“歩き方”で幼少時代を描く、細田守の「デジモンアドベンチャー」
アニメ 2016-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第21回】「人物が何に触れていたのか」気にするとわかる、「ほしのこえ」の距離感
アニメ 2016-08-19 -
【懐かしアニメ回顧録第20回】「勇者王ガオガイガー」の合体シーンに見る、ロボットの「人格」と「主導権」
アニメ 2016-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第19回】アニメにおける「メカ」の役割を、「ジャイアントロボ 地球が静止する日」で考えてみる
アニメ 2016-06-11 -
【懐かしアニメ回顧録第18回】背景美術をセル画が支配していく爽快感! 「クラッシャージョウ」の60年代カートゥーン的魅力とは?
アニメ 2016-05-03 -
【懐かしアニメ回顧録第17回】「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」をつらぬく、重力と無重力の対比
アニメ 2016-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第16回】なぜ、「ゼーガペイン」は第6話からが面白いのか? ボイスオーバーによる異化効果
アニメ 2016-03-12 -
【懐かしアニメ回顧録第15回】プレスコ方式によって生じる音楽性 パターンにとらわれない「紅」の演技の振れ幅
アニメ 2016-02-14 -
【懐かしアニメ回顧録第14回】90年代末の混迷期を堪能せよ! デジタル化されていくアニメ界で“真実”を追い求めた「ガサラキ」!
アニメ 2016-01-10 -
【懐かしアニメ回顧録第13回】松崎しげるのハスキーボイスにむせび泣く! 冷たく美しい「スペースアドベンチャー コブラ」の抽象性
アニメ 2015-12-19 -
【懐かしアニメ回顧録第12回】手描きによるメカ作画の威力! 88年版「ドミニオン」の戦車描写に胸を熱くしろ!
アニメ 2015-11-14 -
【懐かしアニメ回顧録第11回】新房演出の源流は、「コゼットの肖像」に息づいている!
アニメ 2015-10-18 -
【懐かしアニメ回顧録第10回】初代「ルパン三世」の傑作エピソードは、「引き算」でできている!?
アニメ 2015-09-23 -
【懐かしアニメ回顧録第5回】映画第1作「うる星やつら オンリー・ユー」!! 思春期にトラウマを残した悪夢の試写イベントとは!?
アニメ 2015-05-02 -
【懐かしアニメ回顧録第9回】30年前の“いちばんいい時代”を描いた「メガゾーン23」は、単なる懐古趣味とは言い切れない!?
アニメ 2015-08-01 -
【懐かしアニメ回顧録第8回】“パクり”と指摘するのは野暮! 海外SFX映画ブームの中で生まれた「バブルガムクライシス」の浮遊感覚に酔いしれろ!
アニメ 2015-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第7回】小学1年生の感じた背徳と困惑! 元祖サイボーグ美少女アニメ「キューティーハニー」に漂う昭和のドキドキ!!
アニメ 2015-06-13 -
【懐かしアニメ回顧録第6回】「警察+ロボット」ものの元祖!? 朝1回のみ上映された「テクノポリス21C」の発する“色気”の正体!!
アニメ 2015-05-23 -
【懐かしアニメ回顧録第4回】「タイムボカン」王道コメディシリーズの第1作目!
アニメ 2015-03-06 -
【懐かしアニメ回顧録第3回】セルアニメ版「アップルシード」。唯一の実写映像付きOVA!!
アニメ 2015-02-27 -
【懐かしアニメ回顧録第2回】CGアニメ黎明期に制作!モバイルネットの近未来を描いた「プラトニックチェーン」
アニメ 2015-01-17 -
【懐かしアニメ回顧録第1回】「艦これ」の原型はここにあった!? 太平洋戦争が舞台の海戦アニメ「アニメンタリー 決断」
アニメ 2014-11-21