なぜ「星合の空」は途中で終わらざるを得なかったのか? 赤根和樹監督が語る“日本のアニメを存続させるために、いまできること”【アニメ業界ウォッチング第65回】
「天空のエスカフローネ」(1996年)、「ノエイン もうひとりの君へ」(2005年)、近年では劇場公開もされたOVAシリーズ「コードギアス 亡国のアキト」(2012~16年)で知られる赤根和樹監督の最新作「星合の空 -ほしあいのそら-」(2019年)が、昨年12月に放送を終えた。
しかし、最終回である第12話は何事もなく第13話へ続くかのような唐突な終わり方で、違和感を残した。その背景には、日本のアニメ業界が直面している問題がいくつも横たわっていた。「星合の空」Blu-rayのリテイク作業を終えたばかりの赤根監督に、お話をうかがった。
アメリカからは高く買われた「星合の空」
── まず、「星合の空」が第1期12話だけで終わってしまい、今後の見通しが立っていないのに驚きました。
赤根 僕がテレビシリーズを監督するのは、「鉄腕バーディー DECODE:02」(2009年)以来なんです。そのせいで、アニメ業界の混乱と劣化を予測できなかったことが、「星合の空」の終わり方にも影響しています。オリジナルアニメを監督しないかと声をかけてくれたのは、テレビ局のプロデューサーさんです。「新しいアニメ番組の形を一緒につくってくれないか」と夢のあるお誘いをしていただき、かなりの自由度をいただいて作品づくりをさせてもらいました。いま流行っているものを取り入れるのではなく、将来、視聴者が求めるテーマや表現を主眼として作品をつくりたいと相談していたように思います。また、オリジナルアニメは原作物に比べると知名度が全くないので、放送前に視聴者にどう認知してもらうかもかについても、いろいろ議論しました。作品をつくりはじめた4年前から、すでにネット配信が世界的な主流になりつつあり、かつてのようにBlu-rayが大量に売れる時代ではなくなっていました。だから、Blu-rayを売ることだけに特化した宣伝の仕方はやめて、違う方法を見つけませんかと企画段階から言っていました。その発言にカチンと来たのか、最初に参加する予定だったビデオ会社さんが降りてしまったんです。その後、松竹さんが拾ってくれましたが……(笑)。
それから、僕に声をかけてくれたテレビ局のプロデューサーさんが、会社の都合でアニメ部から異動になってしまたんです。前任者の引継ぎで、急遽この企画に入られたプロデューサーさんは大変であっただろうし、出来るかぎりのサポートはしていただいたのだと思います。しかし、アニメに詳しくはありませんでしたから、そのために最初の意図とずれてしまった部分があります。「星合の空」は夜中2時からの放送でしたし、たくさんあるアニメ番組のうちのひとつとして扱われるのも無理はありません。実写ドラマや映画では新しい試みをするのですが、深夜放送のアニメ番組が、テレビ局から見て魅力的かどうか……。そこは、ちょっと哀しいですね。ただ、この作品をつくるキッカケをもらい、多くの製作費を出していただいたのはこのテレビ局だったわけで、大変感謝しております。また、番組が12本で終了したのは、テレビ局のせいではありません。
── 製作サイドで、思惑の違いがあったわけですね。作品の内容はどうでしょう?
赤根 僕がアニメ業界に入ったのは「機動戦士Zガンダム」(1985年)からで、当時のアニメは、玩具を売るためのCM扱いでした。そのうち内容で勝負するOVAの時代が来て、アニメの映像とストーリーだけで商売になる。すごい時代が来たと思いました。僕の初監督作品「天空のエスカフローネ」(1996年)も、ビデオ販売ありきの作品でした。アニメーション自体が商品なので、とにかく内容を面白くしてくれと言われて、とてもうれしかったですよ。だけど、OVAはアニメだけを好むコアな人たちに特化した内容に偏りすぎて、この20年で限界に達してしまったんです。美少年や美少女ありきで、アニメを見ていないとわからない内輪向けのギャグや記号的表現ばかりで、ライトユーザーは引いてしまっている。アニメーションは本来、実写映画とは違った独自のドラマを表現できる媒体だったはずです。それなのに最近は、内容が極端に偏りすぎていると感じていました。
それでも、日本の作画レベルは世界でもトップレベルです。何が足りないかというと、ドラマです。トップレベルにあるはずの日本のアニメですが、国内で大人気のアイドル物が海外ではさっぱり売れないと聞きました。まず萌えキャラが一般的には受け入れられないし、ましてや性的な描写のあるアニメは配信できませんからね。最近の日本のアニメは設定が特殊すぎて、海外のライトユーザーの人たちには、まったく響かないそうです。
だからといって「星合の空」は海外受けを狙ったわけではありません。日本発祥のスポーツ、ソフトテニスを題材にした部活モノで、そこに家庭の問題など、少年期の普遍的なテーマを入れてみてはどうだろう……という感じで、ストーリーを考えました。それが意外にもテレビアニメ番組としては、アメリカに高く売れたそうです。テレビ局さんも驚いていました。日本文化を知らないと伝わりづらい内容だろうと思っていたのですが、「日本の少年少女たちの悩みも、海外で暮らす自分たちと同じなんだな」と感じてくれているのかも知れません。驚いたのは、LGBTをストーリーに入れてみたら、海外からの反響がすごかったことです。海外では、ごく当たり前の身近な問題だからでしょうね。
── 生徒会長の春日絹代(声:坂本真綾)が、ふっくらした体形なのにリーダーシップのある毅然とした少女で、好感が持てました。
赤根 ええ、春日にも海外からのリアクションがすごく多かったんです。これまでの日本アニメでは、みんなスリムな美少女ばかりで、太ったキャラは必ずコメディ担当でした。そういうアニメに固有の常識を崩していかないと、海外はもとより、普段アニメを見ない国内のライトユーザーにも響かないと思うんです。
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