「千と千尋の神隠し」に秘められた「解放への道」を、シーンとキャラクターから探る【懐かしアニメ回顧録第45回】
スタジオポノックによるオムニバスアニメ映画、「ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間-」が2018年8月24日から公開される。3本の短編のトップを飾る「カニーニとカニーノ」を監督したのは、スタジオジブリでキャリアを重ねてきた米林宏昌監督。
その米林監督が、初めて原画をまかされた作品が「千と千尋の神隠し」(2001年)であった。
その道は、水平に伸びているのか垂直に伸びているのか?
「千と千尋の神隠し」は、暗いトンネルを抜けた先に広がる不思議な町を舞台にしている。物語のラストも、暗く長いトンネルを抜けて終わる。
トンネルに限らず、1本の長い道を主人公の千尋が渡ることが、物語のあちこちでポイントになっているようだ。いくつか、例をあげてみよう。
[1]千尋は、神様の湯治場・油屋につづく橋を、謎の少年ハクと渡る。
[2]橋を渡りきった千尋は、ハクに「外の階段を一番下まで降りるんだ」と言われて、朽ちかけた長い木の階段を駆け下りる。
[3]竜の姿をしたハクを追って、千尋は壊れかけたパイプを走って渡る。
[4]千尋は銭婆という魔女に会うため、水上を走る不思議な電車“海原電鉄”に乗る。
[5]豚にされた両親を探し当てるため、千尋は油屋につづく橋を渡る。
いっぽう、千尋が働くことになる油屋の内部では、垂直への移動が多い。地下のボイラー室で“釜爺”と出会った千尋は、女中のリンに連れられて、エレベーターを上へ上へと移動する。実は、上記の[3]でも、パイプを渡りきった千尋は、今度は垂直に伸びる階段を登りはじめる。
そして、どちらも「女主人の湯婆婆と契約を結ばされる」「湯婆婆の息子の坊にからまれる」など、ろくな結果が待っていない。
つまり、垂直への移動は束縛や混乱へとつながっているように見えるのだが、いかがだろう?
キャラクターそのものが“通り道”であることもある
では、水平への移動はどうだろう?
上記[4]の海原電鉄は、瀕死のハクを助けるために千尋が自発的に乗り込んだ。それは束縛から逃れるための1本道といえる。「帰りは線路を歩いてくる」と千尋は言う。
ところが、彼女は完治したハクの背中に乗って、油屋まで帰ることになる。その帰り道で、幼いころに自分を助けてくれた川の主こそがハクであったことを、千尋は思い出す。つまり、ハクというキャラクター自体が“場所”であり“通り道”なのだ。
竜の姿をしたハクが、初めて現れるシーンを見てみよう。
■豚となった両親に会わせてもらった千尋は、ハクにお礼を言って別れる。
■油屋につづく橋を走ってわたる千尋、彼女を見送るハク。
■橋を渡りきった千尋が振り返ると、空に真っ白な竜が昇っていく。
2度目に、竜の姿のハクが現れるシーンは、こうだ。
■両親のことを案じながら、千尋が露台にもたれている。
■海原電鉄の線路が、水中に見えている。
■線路を斜めに横切るようにして、水面ぎりぎりをハクが滑空してくる。
どちらのシーンにも「橋」、「線路」が出てくる。だから、ハクの正体が「川」だと言われても、それほど違和感をおぼえないのではないだろうか。
冒頭の暗いトンネルのように、1本の細長い道は人を迷わせて閉じ込めもするが、脱出路にもなる。ハクというキャラクターも、湯婆婆に使役されていたが千尋によって呪いを解かれた。ひとりの人物の中に束縛と解放があり、誰かが誰かを逃がす通り道になる――そんな遠大な人間観を、「千と千尋の神隠し」は教えてくれる。
(文/廣田恵介)
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