【懐かしアニメ回顧録第32回】“乗り物”から読み解く「魔女の宅急便」の面白さ
スタジオジブリ出身の米林宏昌監督の独立第1作、「メアリと魔女の花」が公開されている。「魔女、ふたたび。」のキャッチコピーから、誰もが「魔女の宅急便」(1989年)を連想したことだろう。
「魔女の宅急便」といえば、主人公のキキがホウキにまたがって乗るシーンを真っ先に思い浮かべると思うが、キキが乗るのはホウキだけではない。劇中、いろいろな乗り物に乗っている。旅立ってすぐ貨物列車の車内で一夜を明かすし、何より鮮烈なのは、ボーイフレンドのトンボと一緒に自転車(人力飛行機のエンジン部分)に乗るシーンだ。どんなシーンだったか、振り返ってみよう。
キキは自動車が苦手?
心やさしい老婦人の依頼で、彼女の孫娘にパイを届けたキキ。だが、パイを受けとった孫娘の態度は冷たかった。しかも帰り道、キキは雨に降られてしまう。キキはトンボからパーティーに誘われていたが、遅刻したうえにずぶ濡れになってしまったので、すっかり落ちこんで風邪までひいてしまう。
キキに部屋を貸しているおソノさんの気づかいで、キキはトンボの家までおつかいに行く。トンボからエンジン部分だけ完成した人力飛行機――プロペラを付けた自転車を見せてもったキキは、彼に誘われるまま後部座席にまたがる。2人の乗った自転車は、海沿いの道路を疾走し、ついにはフワリと地面から浮いて、海岸に近い緑地に落下する。
このスリルに満ちた体験のあと、キキは声を出して笑い、すっかりトンボと打ち解ける。ところが、トンボの仲間たちが自動車で現れ、その中に老婦人の孫娘がいたことから、キキは憮然としてトンボの前から立ち去る……という、アップダウンの激しいシーンだ。しかも、不機嫌なまま帰宅したキキは魔法を失ってしまう。
トンボはキキと初対面のときにも自転車に乗っていたが、このシーンに登場する自転車は羽がついてないだけで、実質的には飛行機だ。トンボは海岸に不時着した飛行船を目指して走るので、自転車が速度をあげればあげるほど空へ近づいてくような、浮遊感をともなったシーンになっている。
キキとトンボの乗った自転車が浮くキッカケとなるのが、道路を行き来する自動車だ。トンボが対向して走ってくる自動車を避けようとするたび、自転車は宙に浮く。トンボの自転車は、浮くごとにキキのホウキに近づいているとも言える。自力で宙に浮かぶ体験を共有したから、2人は仲良くなれたのだろう。
そして、キキを不愉快にさせるトンボの仲間たちは、大きな自動車に乗って現れる。この自動車は、冒頭近くでトンボが男友だちと一緒に乗っていたものと同じ車だ。いわば、キキの気分を害するスイッチのような役割だ。
そもそも、キキは自動車と相性が悪い。町に初めて到着したとき、二階建てバスにぶつかりそうになり、車道で車に囲まれて危険な目にあう。買い物に行くときも、道路へ飛び出して乗用車にぶつかりそうになった。ホウキで自由に空を飛べるキキにとって、地面を走る自動車は厄介な相手だ。自動車とキキの関係を、もう少し詳しく見てみよう。
空飛ぶホウキと、地面を這う自動車
トンボが仲間たちと飛行船を見にいったあと、キキはひとりで歩いて帰宅する。海沿いの道路はひっきりなしに自動車が往来しており、彼女は車を避けるために道路を下りて、ゴツゴツした岩のうえを歩かなくてはならなかった。
だが、いつまでも自動車と相性が悪いかというと、そんなことはない。魔法を失って意気消沈しているキキを励ますため、友人のウルスラが森の中の小屋にキキを誘う。まず、ウルスラとキキは路線バスに乗る。次に、ヒッチハイクしたトラックに乗り継いで、ようやく森の中の小屋に着く。
帰り道、ウルスラがヒッチした乗用車に、キキはひとりで乗る。乗せてくれた運転手と、キキはどんな会話をかわしたのだろうか。魔法を失った彼女は、自動車に頼るしか移動手段を持たない。ホウキにまたがって自由に空を駆けるファンタジックな世界に属していた彼女は、地面を走る自動車に乗る、すなわち普通の人間と同じ体験をすることで、社会と直に交わりはじめているように見える。
トンボを誘いに来た車は男が運転しており、乗っているのは女の子3人。そのうち1人は老婦人の孫であり、彼女とトンボがどうして知り合いなのか、劇中では一切語られない。誰と誰が、どこでどう関係しているのか簡単にはわからない。それが社会というものだ。キキにとって、自動車は社会の複雑さそのものなのかもしれない。
さて、飛行船に宙吊りになってしまったトンボを救うため、キキはデッキブラシにまたがって空を飛ぶ。
現場にかけつけたばかりのキキは、後ろから来た消防車に「そこの少女、どきなさい」と指示されて道を譲るしかなかった。しかし、デッキブラシにまたがった後は、地面すれすれを飛行しながら、一気にパトカーを追い越していく。自動車に道を空けていたキキが、自分本来の力を取りもどした瞬間、今度は自動車を追い抜かす。
「魔女の宅急便」は、魔法の自由さよりも、ひとりの少女が世の中と折り合いをつけながら、不器用に自己実現していく過程を描いた作品なのだ。“キキと自動車のかかわり”に目を向けると、改めてそのことに気づかされる。
(文/廣田恵介)
(C) 1989 角野栄子・二馬力・GN
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