「時をかける少女」を残酷に支配する「時の流れ」は、構図に刻みつけられている。【懐かしアニメ回顧録第44回】
細田守監督の最新作「未来のミライ」が今月7月20日から公開される。そんな細田監督の名前を世の中に知らしめた作品といえば、なんといっても2006年公開の「時をかける少女」だ。
時間跳躍(タイムリープ)を題材にしたこの映画は、黒い画面を真横に横切る赤いラインから始まる。カメラが寄っていくと、この赤いラインは二桁の数字が無限に横に連なった長大な時計なのだとわかる。この赤いラインは、しばしば劇中に登場する。
タイムリープのシーンでは、何かが画面を横一文字に横切っている
では、重要と思われる「赤いライン」の登場シーンを列挙してみよう。
[1] ブレーキの壊れた自転車に乗って坂道を走る真琴が、踏み切りで止まることができずに線路内に突っ込むシーン。
[2] 「魔女おばさん」とあだ名される叔母からタイムリープの話を聞かされた真琴が、初めてみずからの意志でタイムリープに挑戦する夕暮れの川原のシーン。
[3] 男友だちの千昭から「俺と付き合えば?」と告白された真琴が、タイムリープして告白される以前に戻るシーン。
[4] 千昭から「お前、タイムリープしてねえ?」と言い当てられた真琴が、言い当てられたことをタイムリープによって帳消しにするシーン。
[5] 男友だちの巧介がブレーキの壊れた真琴の自転車で坂道を走り、線路内に突っ込んでしまうシーン。
[6] 千昭に去られた真琴が、夜の坂道を走ってタイムリープし、千昭が去るより前の日に戻るシーン。
[7] 千昭と再会した真琴が、千昭と2度目の別れをする夕暮れの川原のシーン。
主に、物語のキーとなるタイムリープのシーンで「赤いライン」が登場しているようだ。上記[1]~[7]のうち、[4]と[5]を除いて共通しているのは「画面を横一文字に何かが横切っている」ことだ。[1]は線路。[2]は川沿いの道。[3]は川と平行して走る高速道路。[6]は坂道から見える建物。[7]は、[2]と[3]と同様、川沿いの道と高速道路。つまり、赤いラインと同じように画面を大きく横切る線路や道があり、横方向に対して真琴は縦に落下したり、画面奥へ走ったり飛んだりすることでタイムリープする。
時の流れを止めるには、画面の中央で止まるしかない
「時間っていうのは不可逆なのね。時は戻らない」と、魔女おばさんは真琴に言う。だとするなら、画面に登場する「赤いライン」も線路も川も高速道路も、不可逆な時間の比喩とは言えないだろうか。もし線路や川が「時間」であるなら、時間の流れる「方向」があるはずだ。
上記の[1]で、真琴をはねる2両の電車はまず画面左から入り、もう1両は画面右から左へ走る。[2]の川沿いの道は2段に分かれており、子供たちや親子連れが画面左から右へ歩き、自転車に乗った人やマラソンする運動部員が右から左へと走る。横一文字のラインを左右に移動する電車や歩行者の絶え間ない動きが、「時の流れ」を意識させる。
より強烈に「時の流れ」を印象づけるのは、[3]の告白シーンだ。遠くに高速道路をのぞむ川沿いの道を自転車に2人乗りした千昭と真琴は、画面右から左へ走る。しかし、唐突な告白に気分を害した真琴は「止めて」「ちょっと止めて」と、画面中央で千秋の自転車を停車させる。そして彼女は告白をなかったことにするため、3度も過去へとタイムリープする。真琴は、道の真ん中で自転車を止めているのではない。「時の流れ」を止めようとしているのだ。
画面左に未来、右に過去がある
真琴が千昭と最後の別れをする[7]は、[3]とまったく同じ構図で、千昭は画面左へと歩き去る。彼は未来へ帰るので、画面左側が未来ととらえてよいだろう。
[3]とは逆に、真琴は「早く行って」と、千昭を画面左方向へと押し出す。そして、ひとりになった真琴は画面右方向、すなわち過去へと歩き出して立ち止まる。そんな真琴は、自転車に2人乗りしたアベック([3]の真琴と千昭を思い起こさせる)とすれ違う。左方向(未来)へと走っていくアベックを追うように、真琴は振り返る。そこには千昭の姿はなく、楽しそうなアベックの自転車で走る後ろ姿が見えるだけだ。彼らは、あり得たかも知れない(一緒に未来へ向かう)自分と千昭の姿……ではないのだろうか? 真琴は泣き出す。
横一文字に画面を横切る川と高速道路の真ん中に立ち尽くした真琴は、ひとり泣きつづける。すると千昭が画面左から右へ戻ってきて、「未来で待ってる」と真琴に告げる。そしてやはり、画面左へ歩き去ってしまう。
この映画は、ストーリーのレベルでは、何度も自由自在に時間を戻っている。だが、決して時間の流れは止められないし方向も変えられないと、横一文字の構図が無慈悲に告げている。だから辛くて悲しいし、決められた構図にあらがおうとする登場人物たちの動きを力強く感じるのだ。
(文/廣田恵介)
※記事中に記載の税込価格については記事掲載時のものとなります。税率の変更にともない、変更される場合がありますのでご注意ください。
関連記事
-
いつでも誰かが誰かの代わりをしている――「カウボーイビバップ」の熟成された作劇【懐かしアニメ回顧録第43回】
アニメ 2018-06-23 -
「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」では、メカから吹き出る“煙”までもが演技している!【懐かしアニメ回顧録第42回】
アニメ 2018-05-27 -
荒唐無稽な絵で事実を伝える「ルパン三世 ルパンVS複製人間」の演出力【懐かしアニメ回顧録第41回】
アニメ 2018-04-29 -
「もののけ姫」のスケール感は、“見えないはずのものを目撃する”主人公の視界から生まれる。【懐かしアニメ回顧録第40回】
アニメ 2018-03-17 -
主役メカは左右どちらを向いている? 「超時空要塞マクロス」の対立図式を“メカの向き”から解読する!【懐かしアニメ回顧録第39回】
アニメ 2018-02-11 -
【懐かしアニメ回顧録第38回】「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード」のストーリーを前に進めるのは“セルで描かれたおいしそうな焼き肉の質感”である!
アニメ 2018-01-03 -
【懐かしアニメ回顧録第37回】ボクサーたちの身体を包むコートやスーツ……、さまざまな「布」が「あしたのジョー」の人間関係を浮き彫りにする!
アニメ 2017-12-16 -
【懐かしアニメ回顧録第36回】立ち上がったデンドロビウムが対決の構図を熱くする! 「機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光」の図像学
アニメ 2017-11-04 -
【懐かしアニメ回顧録第35回】キャラクター描写にまで関与する、「THE ビッグオー」のすぐれたロボットデザイン
アニメ 2017-10-09 -
【懐かしアニメ回顧録第34回】サイレントとトーキー、ふたつの文法が交錯する「ラーゼフォン 多元変奏曲」の悲劇的プロット
アニメ 2017-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第33回】「月詠 -MOON PHASE-」で描かれる “ウソだからこそ平和な”日常生活
アニメ 2017-08-11 -
【懐かしアニメ回顧録第32回】“乗り物”から読み解く「魔女の宅急便」の面白さ
アニメ 2017-07-09 -
【懐かしアニメ回顧録第31回】“見る”ことと“聞く”ことで深化する「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」の世界
アニメ 2017-06-24 -
【懐かしアニメ回顧録第30回】躍動的な「破裏拳ポリマー」の世界と、視聴者とを媒介する“動けないキャラクター”
アニメ 2017-05-05 -
【懐かしアニメ回顧録第29回】セルと3DCGとの共存は可能なのか? OVA「青の6号」が混沌のすえに獲得したテーマとは?
アニメ 2017-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第28回】メカニックの“呼び分け”によって生じる「機動戦士ガンダム」の多面的リアリズム
アニメ 2017-03-11 -
【懐かしアニメ回顧録第27回】シンメトリーの構図と舞台装置が明らかにする、「帝都物語」と演劇の相関関係
アニメ 2017-02-12 -
【懐かしアニメ回顧録第26回】生命を媒介する“液体の色”が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の世界観を決定する
アニメ 2017-01-09 -
【懐かしアニメ回顧録第25回】物語の深層をすくいあげる「十兵衛ちゃん -ラブリー眼帯の秘密-」の「対決の構図」
アニメ 2016-12-30 -
【懐かしアニメ回顧録第24回】「アリーテ姫」の提示する、「線と色」で構成された魔法の価値
アニメ 2016-11-05 -
【懐かしアニメ回顧録第23回】“漫符”で聞かせる、「ハチミツとクローバー」のバラエティ的音響効果
アニメ 2016-10-08 -
【懐かしアニメ回顧録第22回】キャラクターの“歩き方”で幼少時代を描く、細田守の「デジモンアドベンチャー」
アニメ 2016-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第21回】「人物が何に触れていたのか」気にするとわかる、「ほしのこえ」の距離感
アニメ 2016-08-19 -
【懐かしアニメ回顧録第20回】「勇者王ガオガイガー」の合体シーンに見る、ロボットの「人格」と「主導権」
アニメ 2016-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第19回】アニメにおける「メカ」の役割を、「ジャイアントロボ 地球が静止する日」で考えてみる
アニメ 2016-06-11 -
【懐かしアニメ回顧録第18回】背景美術をセル画が支配していく爽快感! 「クラッシャージョウ」の60年代カートゥーン的魅力とは?
アニメ 2016-05-03 -
【懐かしアニメ回顧録第17回】「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」をつらぬく、重力と無重力の対比
アニメ 2016-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第16回】なぜ、「ゼーガペイン」は第6話からが面白いのか? ボイスオーバーによる異化効果
アニメ 2016-03-12 -
【懐かしアニメ回顧録第15回】プレスコ方式によって生じる音楽性 パターンにとらわれない「紅」の演技の振れ幅
アニメ 2016-02-14 -
【懐かしアニメ回顧録第14回】90年代末の混迷期を堪能せよ! デジタル化されていくアニメ界で“真実”を追い求めた「ガサラキ」!
アニメ 2016-01-10 -
【懐かしアニメ回顧録第13回】松崎しげるのハスキーボイスにむせび泣く! 冷たく美しい「スペースアドベンチャー コブラ」の抽象性
アニメ 2015-12-19 -
【懐かしアニメ回顧録第12回】手描きによるメカ作画の威力! 88年版「ドミニオン」の戦車描写に胸を熱くしろ!
アニメ 2015-11-14 -
【懐かしアニメ回顧録第11回】新房演出の源流は、「コゼットの肖像」に息づいている!
アニメ 2015-10-18 -
【懐かしアニメ回顧録第10回】初代「ルパン三世」の傑作エピソードは、「引き算」でできている!?
アニメ 2015-09-23 -
【懐かしアニメ回顧録第9回】30年前の“いちばんいい時代”を描いた「メガゾーン23」は、単なる懐古趣味とは言い切れない!?
アニメ 2015-08-01 -
【懐かしアニメ回顧録第8回】“パクり”と指摘するのは野暮! 海外SFX映画ブームの中で生まれた「バブルガムクライシス」の浮遊感覚に酔いしれろ!
アニメ 2015-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第7回】小学1年生の感じた背徳と困惑! 元祖サイボーグ美少女アニメ「キューティーハニー」に漂う昭和のドキドキ!!
アニメ 2015-06-13 -
【懐かしアニメ回顧録第6回】「警察+ロボット」ものの元祖!? 朝1回のみ上映された「テクノポリス21C」の発する“色気”の正体!!
アニメ 2015-05-23 -
【懐かしアニメ回顧録第5回】映画第1作「うる星やつら オンリー・ユー」!! 思春期にトラウマを残した悪夢の試写イベントとは!?
アニメ 2015-05-02 -
【懐かしアニメ回顧録第4回】「タイムボカン」王道コメディシリーズの第1作目!
アニメ 2015-03-06 -
【懐かしアニメ回顧録第3回】セルアニメ版「アップルシード」。唯一の実写映像付きOVA!!
アニメ 2015-02-27 -
【懐かしアニメ回顧録第2回】CGアニメ黎明期に制作!モバイルネットの近未来を描いた「プラトニックチェーン」
アニメ 2015-01-17 -
【懐かしアニメ回顧録第1回】「艦これ」の原型はここにあった!? 太平洋戦争が舞台の海戦アニメ「アニメンタリー 決断」
アニメ 2014-11-21