いつでも誰かが誰かの代わりをしている――「カウボーイビバップ」の熟成された作劇【懐かしアニメ回顧録第43回】
山寺宏一氏が主演をつとめる「ニンジャバットマン」が公開中だ。山寺宏一氏の主演作といえば、今年誕生20周年を迎えた「カウボーイビバップ」。太陽系の各惑星へ居住空間が広がった未来、ワケありの犯罪者たちを追う宇宙の賞金稼ぎ“カウボーイ”を描いた、洒脱なSFアクションだ。
毎回1話完結なのだが、主人公・スパイクと宿敵・ビシャスをめぐるハードなエピソードが時おり挿入され、スパイクとビシャスが敵対するのにいたった要因がジュリアという女性であることが少しずつ明らかになっていく。第12話「ジュピター・ジャズ(前編)」と第13話「ジュピター・ジャズ(後編)」は、ジュリアの名前を聞いたスパイクがビバップ号を飛び出すところから始まる。
「銃を向ける」アクションが、同時刻、別々の場所でシンクロする
ところが、「ジュピター・ジャズ」前後編に、キーパーソンであるジュリアは登場しない。回想シーンに、わずかに現れるのみだ。にも関わらず、たえずジュリアという不在の女性の存在感が、色濃く漂っている。その理由を探ってみよう。
舞台となるのは、木星の衛星カリストにあるブルークローという街。不況に見舞われた極寒の街で、どうした理由からかひとりも女性がいない。そんなブルークローへ、ビバップ号の女賞金稼ぎ・フェイがふらりと訪れる。暴漢に襲われたフェイはバーのサックス吹き、グレンに助けられ、彼の家へ行く。
グレンがシャワーを浴びている間、彼に宛てた電話が鳴る。それは、スパイクの宿敵ビシャスからの連絡だった。ビシャスを知っているフェイは、シャワールームへ駆け込んでグレンに銃を向ける。
いっぽう、スパイクはジュリアを探し回った結果、ビシャスがグレンに電話しているところをつき止める。「俺に内緒でジュリアとデートか?」と、スパイクはビシャスに銃を向ける。ビシャスは「ジュリアはいた、この街に」と、スパイクに告げる。ハッとしたスパイクだが、ビシャスの部下がスパイクを撃つ。
ここまでが「ジュピター・ジャズ」の前編である。
ビシャスのグレンへの電話をキッカケにして、
・フェイがグレンに銃を向ける
・スパイクがビシャスに銃を向ける
このふたつの芝居がシンクロし、カットバックすることで緊迫感を出している。単に、それぞれ違う場所で「銃を向ける」アクションが重なっているから、緊迫感が出ているのだろうか? もう少し掘り下げてみよう。
「生身の女」フェイは、「極上の女」ジュリアの代役である
ブルークローの街でジュリアの名前を尋ねて歩くうち、スパイクは男娼から「グレンなら何か知ってるかも。前に女と一緒だったのを見たことがあるわ」との情報を得る。その情報を組み込むと、上記シーンの解釈が異なってくる。
・フェイは「ジュリアを知っている」グレンに銃を向ける
・スパイクは「ジュリアがブルークローにいたことを知っている」ビシャスに銃を向ける
すなわち、ジュリア本人が姿を見せないため、キャラクターたちは仕方なく「ジュリアを知っている」相手に銃を向けるしかない。そんな歯がゆさと空しさが、このシーンには漂っている。
そして、「ジュピター・ジャズ(後編)」を見ると、もう少し深読みができる。
スパイクの相棒・ジェットは、フェイの行方を追ってブルークローへ降り立つ。フェイとグレンが知りあったバーで、ジェットはバーテンダーから情報を得る。「生身の女を見たのは半年ぶり、極上の女ってことでいえば2年ぶりだ。見間違えるわけないでしょう。あそこに座って、グレンと話してた。ジュリアも、いつもあの席だったよ」。
つまり、フェイもジュリアも同じ席に座っていたのだ。
直後、麻酔銃で撃たれたスパイクの回想シーンが挿入される。この回想はスパイクとビシャス、そしてジュリアが懇意にしていたころのもので、セピア調の色味で描かれている。ところがワンカットだけ、ずっと最近の回想がカラーで入る。それは第5話で大怪我をしたスパイクを、枕元で見守っていたフェイの姿だ。
第5話の当該シーンを見てみよう。フェイがビシャスの人質にされ、スパイクはビシャスと決着をつけるため、フェイのもとへ行く。スパイクはビシャスとの戦いで大怪我をして、夢の中でジュリアの歌声を聴く。だが、実際に歌っていたのは、枕元にいるフェイだった。
ジュリアの歌っていた歌を口にするフェイ、ジュリアの座っていた席に座るフェイ。フェイは無意識に、ジュリアの代役を演じているのではないだろうか。
そもそも、このエピソードはフェイが行方をくらまし、その行方を探っている間に浮上したコードネーム「ジュリア」が発端となっている。フェイを探しているのに、ジュリアに行き当たる。スパイクは暴漢からビシャスに間違われ、ジェットは賞金首に間違われる。幾重もの誤解と勘違い、誰もが誰かの代役を引き受けざるを得ない作劇が、ジュリアの不在をくっきりと浮かび上がらせていく。
(文/廣田恵介)
(C) サンライズ
※記事中に記載の税込価格については記事掲載時のものとなります。税率の変更にともない、変更される場合がありますのでご注意ください。
関連記事
-
「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」では、メカから吹き出る“煙”までもが演技している!【懐かしアニメ回顧録第42回】
アニメ 2018-05-27 -
荒唐無稽な絵で事実を伝える「ルパン三世 ルパンVS複製人間」の演出力【懐かしアニメ回顧録第41回】
アニメ 2018-04-29 -
「もののけ姫」のスケール感は、“見えないはずのものを目撃する”主人公の視界から生まれる。【懐かしアニメ回顧録第40回】
アニメ 2018-03-17 -
主役メカは左右どちらを向いている? 「超時空要塞マクロス」の対立図式を“メカの向き”から解読する!【懐かしアニメ回顧録第39回】
アニメ 2018-02-11 -
【懐かしアニメ回顧録第38回】「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード」のストーリーを前に進めるのは“セルで描かれたおいしそうな焼き肉の質感”である!
アニメ 2018-01-03 -
【懐かしアニメ回顧録第37回】ボクサーたちの身体を包むコートやスーツ……、さまざまな「布」が「あしたのジョー」の人間関係を浮き彫りにする!
アニメ 2017-12-16 -
【懐かしアニメ回顧録第36回】立ち上がったデンドロビウムが対決の構図を熱くする! 「機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光」の図像学
アニメ 2017-11-04 -
【懐かしアニメ回顧録第35回】キャラクター描写にまで関与する、「THE ビッグオー」のすぐれたロボットデザイン
アニメ 2017-10-09 -
【懐かしアニメ回顧録第34回】サイレントとトーキー、ふたつの文法が交錯する「ラーゼフォン 多元変奏曲」の悲劇的プロット
アニメ 2017-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第33回】「月詠 -MOON PHASE-」で描かれる “ウソだからこそ平和な”日常生活
アニメ 2017-08-11 -
【懐かしアニメ回顧録第32回】“乗り物”から読み解く「魔女の宅急便」の面白さ
アニメ 2017-07-09 -
【懐かしアニメ回顧録第31回】“見る”ことと“聞く”ことで深化する「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」の世界
アニメ 2017-06-24 -
【懐かしアニメ回顧録第30回】躍動的な「破裏拳ポリマー」の世界と、視聴者とを媒介する“動けないキャラクター”
アニメ 2017-05-05 -
【懐かしアニメ回顧録第29回】セルと3DCGとの共存は可能なのか? OVA「青の6号」が混沌のすえに獲得したテーマとは?
アニメ 2017-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第28回】メカニックの“呼び分け”によって生じる「機動戦士ガンダム」の多面的リアリズム
アニメ 2017-03-11 -
【懐かしアニメ回顧録第27回】シンメトリーの構図と舞台装置が明らかにする、「帝都物語」と演劇の相関関係
アニメ 2017-02-12 -
【懐かしアニメ回顧録第26回】生命を媒介する“液体の色”が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の世界観を決定する
アニメ 2017-01-09 -
【懐かしアニメ回顧録第25回】物語の深層をすくいあげる「十兵衛ちゃん -ラブリー眼帯の秘密-」の「対決の構図」
アニメ 2016-12-30 -
【懐かしアニメ回顧録第24回】「アリーテ姫」の提示する、「線と色」で構成された魔法の価値
アニメ 2016-11-05 -
【懐かしアニメ回顧録第23回】“漫符”で聞かせる、「ハチミツとクローバー」のバラエティ的音響効果
アニメ 2016-10-08 -
【懐かしアニメ回顧録第22回】キャラクターの“歩き方”で幼少時代を描く、細田守の「デジモンアドベンチャー」
アニメ 2016-09-10 -
【懐かしアニメ回顧録第21回】「人物が何に触れていたのか」気にするとわかる、「ほしのこえ」の距離感
アニメ 2016-08-19 -
【懐かしアニメ回顧録第20回】「勇者王ガオガイガー」の合体シーンに見る、ロボットの「人格」と「主導権」
アニメ 2016-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第19回】アニメにおける「メカ」の役割を、「ジャイアントロボ 地球が静止する日」で考えてみる
アニメ 2016-06-11 -
【懐かしアニメ回顧録第18回】背景美術をセル画が支配していく爽快感! 「クラッシャージョウ」の60年代カートゥーン的魅力とは?
アニメ 2016-05-03 -
【懐かしアニメ回顧録第17回】「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」をつらぬく、重力と無重力の対比
アニメ 2016-04-09 -
【懐かしアニメ回顧録第16回】なぜ、「ゼーガペイン」は第6話からが面白いのか? ボイスオーバーによる異化効果
アニメ 2016-03-12 -
【懐かしアニメ回顧録第15回】プレスコ方式によって生じる音楽性 パターンにとらわれない「紅」の演技の振れ幅
アニメ 2016-02-14 -
【懐かしアニメ回顧録第14回】90年代末の混迷期を堪能せよ! デジタル化されていくアニメ界で“真実”を追い求めた「ガサラキ」!
アニメ 2016-01-10 -
【懐かしアニメ回顧録第13回】松崎しげるのハスキーボイスにむせび泣く! 冷たく美しい「スペースアドベンチャー コブラ」の抽象性
アニメ 2015-12-19 -
【懐かしアニメ回顧録第12回】手描きによるメカ作画の威力! 88年版「ドミニオン」の戦車描写に胸を熱くしろ!
アニメ 2015-11-14 -
【懐かしアニメ回顧録第11回】新房演出の源流は、「コゼットの肖像」に息づいている!
アニメ 2015-10-18 -
【懐かしアニメ回顧録第10回】初代「ルパン三世」の傑作エピソードは、「引き算」でできている!?
アニメ 2015-09-23 -
【懐かしアニメ回顧録第9回】30年前の“いちばんいい時代”を描いた「メガゾーン23」は、単なる懐古趣味とは言い切れない!?
アニメ 2015-08-01 -
【懐かしアニメ回顧録第8回】“パクり”と指摘するのは野暮! 海外SFX映画ブームの中で生まれた「バブルガムクライシス」の浮遊感覚に酔いしれろ!
アニメ 2015-07-10 -
【懐かしアニメ回顧録第7回】小学1年生の感じた背徳と困惑! 元祖サイボーグ美少女アニメ「キューティーハニー」に漂う昭和のドキドキ!!
アニメ 2015-06-13 -
【懐かしアニメ回顧録第6回】「警察+ロボット」ものの元祖!? 朝1回のみ上映された「テクノポリス21C」の発する“色気”の正体!!
アニメ 2015-05-23 -
【懐かしアニメ回顧録第5回】映画第1作「うる星やつら オンリー・ユー」!! 思春期にトラウマを残した悪夢の試写イベントとは!?
アニメ 2015-05-02 -
【懐かしアニメ回顧録第2回】CGアニメ黎明期に制作!モバイルネットの近未来を描いた「プラトニックチェーン」
アニメ 2015-01-17 -
【懐かしアニメ回顧録第4回】「タイムボカン」王道コメディシリーズの第1作目!
アニメ 2015-03-06 -
【懐かしアニメ回顧録第3回】セルアニメ版「アップルシード」。唯一の実写映像付きOVA!!
アニメ 2015-02-27 -
【懐かしアニメ回顧録第1回】「艦これ」の原型はここにあった!? 太平洋戦争が舞台の海戦アニメ「アニメンタリー 決断」
アニメ 2014-11-21