【懐かしアニメ回顧録第24回】「アリーテ姫」の提示する、「線と色」で構成された魔法の価値
2016年11月12日より、こうの史代さん原作の「この世界の片隅に」が全国一斉公開される。その監督を務める片渕須直さんの劇場アニメデビュー作が、STUDIO4℃制作の「アリーテ姫」(2001年公開)だ。
当時は、アニメ現場にデジタル化の波が押し寄せた時期で、「地球少女アルジュナ」「ゾイド新世紀/ZERO」などのテレビアニメでも、積極的に3DCGが使われていた。「アリーテ姫」も、エンドクレジットを見ると、CGIスタッフの名前がズラリと並んでいる。
CG導入初期、手描きで描かれた「魔法」
「アリーテ姫」は、幼い王女アリーテが、年老いた魔法使いボックスに幽閉されながらも、みずからの力で自由を獲得する物語だ。映画のラスト近く、ボックスの束縛を逃れたアリーテは、山の上で、太古の魔法文明が生み出した黄金のオオワシを目撃する。全身が金の羽毛でキラキラと光るオオワシは、一見すると3DCGで作成したように見えるほど緻密な形をしている。ところが、この巨大な金属製のワシは手描きであり、羽毛の1枚1枚が微妙に彩度を変えた「金色」で、細かく塗り分けられている。明部と暗部で最低3色ずつ、さらにハイライトとして白に近い色が塗られているのが確認できる。もちろん、動画の1枚1枚に、膨大な色分け指定が書き込まれていたはずだ。
また、魔法使いボックスの持つツエには、幾何学的な形の水晶がついており、動かすたびに光の反射や内部の色の位置・形が変化する。これもCGではなく、手描きだ。魔法文明の遺した人工衛星が破片となって、流れ星のように夜空に降りそそぐシーンがある。その光がアリーテの幽閉されている部屋を照らし、シャープな青い光が画面を何度となく横切る。こうしたエフェクトも、手で作画されている。
「アリーテ姫」は、魔法をめぐる物語ではあるが、黄金の鳥や複雑に輝く水晶など、いかにも魔法めいたキラキラしたものは手で描かれ、細かく塗り分けられている。魔法の表現というと、ついつい“CGという魔法”に頼っていると思いがちだが、そうではない――その点に留意して、冒頭から見てみよう。
線と色とで展開していく、職人の手わざ
冒頭は、身分を隠して城下町をあるくアリーテが、職人たちの工房をのぞくシーンだ。
ガラス職人が息をふきこむと、熱されたガラスが丸くふくらむ。ガラスの輪郭や光沢は色トレスで、ガラスの形に合わせて描線が変化する。つづいて、ろくろを回して壺をつくる職人。粘土が壺のかたちになっていくのに合わせて、表面のハイライトやカゲの形・面積が変わっていく。次に、染物職人たちが、布を染めている。ベージュ色の布が、赤い液にひたされ、みるみる赤く染まっていく。液体の表面にも、濃淡の異なる赤色で、布のカゲや泡が描かれている。
不定形なガラスや粘土、布が造形されていく過程を、色の面と線だけで表現している。そこへ「本物の魔法使いのものとは違うけれど、人の手には、確かに魔法のようなものが備わっている……」と、アリーテのモノローグが重なる。わずか開幕1~2分の間に、手作業による“魔法のようなもの”を次々に見せている。裏を返せば、アニメーションにおける“魔法のようなもの”は、アニメーターたちが知恵と工夫で1枚ずつ描いているので、「種も仕かけもない」と宣言しているようにも受けとれる。
「セルに描かれる」ことで、魔法は均質化する
やがて、アリーテの暮らす城に、宝探しに旅立っていた騎士たちが訪れるシーンとなる。
彼らが王に献上した宝玉の中で、小さな妖精が踊り、周囲に光の輪ができる。ビンの中に、粘り気のある液体が落ち、落ちながら、ゆっくりとリンゴの形に変形していく。宝石の埋め込まれた金色の宝箱が、ちょこちょこと4本の足で歩く。「まさしく魔法!」と、家臣のひとりが驚嘆の声をあげる。
しかし、われわれもアリーテも、すでに城下町で働く名もなき職人たちの“魔法のようなもの”を見たばかりである。職人たちの造形する日用品も、騎士たちの持ち帰った宝物も、等しく「セルに描かれた線と色」を媒質にしている。どちらが本物でも偽物でもない。セルに描かれた瞬間から、どちらも同等の存在になる。ラストに登場する荘厳な黄金のオオワシですら、セルに定着された線と色の重なりなのだ。驚嘆すべきは、黄金のまばゆさ、重さや軽さ、その場には存在しないはずの水や光を、線と色だけで感じさせることではないだろうか。セルアニメーションという技法それ自体が、すでに“魔法のようなもの”とは言えないだろうか?
魔法使いのボックスは「たいした魔法を身につけられなかった」と嘆くが、アリーテは「同じ魔法は誰の中にも備わっている」と、彼に告げる。すばらしい表現を見るたびに「どうせCGだろう?」「何か、すごい技術を使ってるんだろう?」としらけてしまう我々は、ボックスのように、魔法を特権視しすぎてニヒリズムに陥っている。職人1人ひとりの地道な創意工夫にこそ、じっと目をこらすべきだ。
(文/廣田恵介)
(C) 2000. アリーテ製作委員会
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