【懐かしアニメ回顧録第21回】「人物が何に触れていたのか」気にするとわかる、「ほしのこえ」の距離感
新海誠監督の最新作「君の名は。」が、2016年8月26日から公開される。都会と地方に住む男女が、不思議な力で結びあわされる――というロマンティックな展開は、これまでの新海作品と通底しているが、今回は笑いありサスペンスありの、一大エンターテイメント大作として仕上がっている。
新海監督の知名度を一気に高めたのが、2002年に小規模公開された「ほしのこえ」である。14年前、新海監督が独力で作り上げた「ほしのこえ」には、監督の心情が、生々しく刻み残されている。
ヒロイン・美加子にとっての「あの世界」
「世界っていう言葉がある。私は中学のころまで、世界っていうのは、携帯の電波が届く場所なんだって漠然と思っていた」。ヒロインの美加子のモノローグである。彼女は電車の中で、マンションの非常階段で携帯メールを打ったり、ボーイフレンドの昇に携帯電話で語りかけたりする。だが、昇からの答えはない。
ハッと美加子が目を開くと、彼女は機動兵器・トレーサーのコクピットに座っている。トレーサーは、遠く離れた宇宙空間に、ぽつりと浮かんでいる。「そうか。私はもう、あの世界にはいないんだ」と、美加子はつぶやく。ここまでがアバンタイトルだ。
タイトルが明けると、美加子は昇と一緒に放課後の中学校にいる。彼らは自転車置き場から宇宙船を見上げ、コンビニに寄ってから、バス停で雨宿りする――これが、美加子の言っていた「あの世界」なのだ。次のシーンでは、美加子はトレーサーに乗っていて、火星で訓練している。彼女は異星人と戦うための兵器・トレーサーのパイロットに選ばれたのだ。
シーンは、地球に残った昇へと転じる。彼は高校に進学しており、火星、そして木星へと敵を追いつづける美加子と、携帯メールをやりとりしている。だが、美加子が地球から離れれば離れるほど、メールの届く時間は、半年、1年と開いていく。
その間、美加子はひとりでトレーサーのコクピットにいて、携帯電話にしか触れていない。携帯電話だけが、昇とのたったひとつの連絡手段であり、「あの世界」の痕跡でもある。昇と離れてからの美加子は、トレーサーの操縦桿と携帯電話にしか触れていない。では、「美加子の手が何に触れていたのか」、アバンタイトルから検証してみよう。美加子が、最後に手で触れたもの
冒頭、美加子の指先は、携帯電話のボタンを押してメールを打っている。次のシーン、マンションの非常階段を駆けおりた美加子は、鉄製の手すりを握る。美加子は右手で手すりを握ったまま、左手で携帯電話を持って、「私、さみしいんだよ」とひとりごとを言う。
そして、美加子は家に帰る。そのとき、彼女はドアノブに触れている。家の中は、なぜか放課後の教室である――そこで、美加子は自分がトレーサーのコクピットにいることに気がつく。アバンタイトルは、トレーサーのコクピットにいる美加子の心象風景なので、「携帯電話」「非常階段の手すり」「ドアノブ」と、冷たくて硬いものにしか触れていない。
では、回想シーン、つまり昇と下校する放課後のシーンでは、何に触れているのだろう? 美加子は昇の自転車のカゴにカバンを入れてもらっているので、何も手にしていない。バス停の中では、木のベンチに左手を置いている。そして、雨のあがった後、彼女は昇の自転車の後ろに乗り、彼の両肩を両手でつかんでいる。つまり、美加子の離れてしまった「あの世界」で、彼女は温かくやわらかい昇の肩に触れることができたのだ。
昇の肩をしっかりつかんでいた美加子は、もはやトレーサーの操縦桿と携帯電話にしか触れることができない、その残酷な事実が、何より雄弁に、美加子の孤独を語っている。
そして高校生になった昇は、別の女生徒と懇意になる。そのキッカケは携帯メールではない。下駄箱に入っていた手紙だ。冷たく硬い携帯電話ではなく、紙の封筒を手にすることで、昇は美加子から心理的にも遠ざかってしまう……。
美加子と昇が「何に触れていたか」に注目することで、彼らを隔てる「ふたつの世界」の絶望的な距離を、より強く感じられるのではないだろうか。
(文/廣田恵介)
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