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富野監督は「美人をわかっていない」……?
── テレビ放送から劇場版公開まで2年間も「伝説巨神イデオン」に関わってきて、富野由悠季監督からリテイクを求められたことはないのでしょうか?
湖川 基本的に、おトミさんから私へのリテイクはないですよ。けれども、実は、2つだけあるんです。ひとつ目は、ハルルのデザインをしたときです。設定制作の人が「湖川さん、これでは監督がダメみたいです」と持って帰ってきました。ずっと後、サンライズフェスティバルの会場でおトミさんが言っていたのは、「アゴの張った女は嫌い」。でも、ハルルはカララのお姉さんだから、同じようにアゴの張った女性にデザインしたわけでしょう? どうしてカララはよくて、ハルルはよくないの? イタリアに行けば、美人はみんなアゴが張っていますよ。さてはおトミさん、美人をわかってないな? と思って、わざと見てくれの悪い女性キャラばかり5人ぐらい描いて、代案として制作に渡しました。すると、「湖川さん、やっぱり最初のデザインでいいみたいです」。そりゃあ、そうですよ。デザインは、こちらに任せなさいって感じです。
もうひとつのリテイクは、劇場版(「THE IDEON発動篇」)で、ジョングの大群がソロシップに乗り込んでくるシーンです。俯瞰で、ソロシップの狭い隙間に兵士が落ちていくのを、横からジョングが来て助けていくカット。おトミさんが「このジョングの動き、枚数を増やしてくれない?」と言うんです。
── 動きをゆっくりにしてほしい、という意味ですね。 湖川 だけど、次のカットでジョングに兵士が乗って去っていくのだから、何が起きたのかは、きちんと観客に伝わるんです。ということは、ジョングが横から助けに来るカットは動きを早くして何が起きたのかわからないようにしておいて、次のカットで答えを見せたほうが、アニメーションディレクターの私としては気持ちがいい。反対はしたのですが、おトミさんが「どうしても……」と言うので、しかたなくワガママを聞いてあげました。
── 「発動篇」では、キャラクターの死にざまが残酷だというので、賛否両論でしたね。 湖川 アーシュラの頭が吹き飛ぶカットは、ファンから批難が殺到しました。「じゃあ、老人の頭が吹き飛ぶならいいんですか?」と聞くと、たいてい黙ってしまうんですけど……。戦争なんですよ? あのシーンで戦いの凄惨さが伝わらないとしたら、作り手側の落ち度じゃないでしょうか。
── 富野監督の絵コンテでは、どう描いてあったのですか? 湖川 ただ倒れるだけですが、「本当は首が飛んでもいいんだよな」と、小さなメモがありました。だけど、私はおトミさんの書き込みを鵜呑みにしたわけじゃないんです。自分なりに考えて、首がなくなってから少しだけ体がゆっくり倒れるように描きました。それで、よけいに印象強くなったと思います。
── テレビが打ち切りになった後も、そのまま制作続行となって、それが劇場版になったと聞いていますが? 湖川 当時、サンライズの常務だった山浦(栄二)さんが、テレビシリーズが終わって間もなく、制作を再開するように言ってきたんです。
── 劇場版の作画は、順調だったんですか? 湖川 スタジオバードの稲野(義信)君には、とてもよく助けられました。今の稲野君は、もうアニメを辞めてしまったようですけど……。
── 板野一郎さんは、いかがでしたか? 湖川 あいかわらず“サーカス”だったので、修正は入れました。ただ、ソロシップが崩壊するカットは、板野君が描いたまま残してあります。これで本当にいいのかどうか、板野君に考えてもらいたくて。同じ調子でイデオンの崩壊も描いてあったので、そこは私がビシッと直しました。あともう1カットだけ、板野君の描いたまま残したのは、おトミさんがソロシップのブリッジに出てくるカット。板野君が「どうしても描きたい」と言うので、それぐらいの遊び心はあってもいいだろう、という軽い気分ですね。
── 富野監督は、「イデオン」をどう思っていたのでしょう? 湖川 「イデオン」はほとんど湖川さんがつくったような作品……と言っている人が、業界の中にいるみたいです。だけど、それは他人が勝手に言っていることであって、私はおトミさんの世界をどう表現すればよくなるか、それだけしか考えていません。
何年か前、サンライズフェスティバルの会場で、「もう一度だけおトミさんの作品をやってみたい」と話したことがあります。彼はうなずきもせず、ジーッとうつむいていました。私は、新しくガンダムをデザインしてもいいと思っていました。それぐらいの自信はある。羽の生えてるガンダムではなくてね(笑)。今でも、おトミさんの下で、一緒に創作したいと思ってますよ。
── テレビ版の後半に出てきた重機動メカは、富野監督がラフを描いていましたね。 湖川 ええ、ラフの中にはよいものもありました。それでも「惜しいなあ」と思ってしまう。彼は絵描きになるのを断念しているから、それは仕方がありません。絵描きの中に隠れている扉を開けていかないとわからないことが、いっぱいあるんです。